吉本隆明「ひきこもれ」 ~一人の時間をもつということ~

 子供から中高年に至るまでのひろい世代に普及してしまった「ひきこもり」。ふつうはこういう人たちに「ひきこもらないで」と訴える本が多いけど、さすが吉本センセは真逆に「ひきこもれ」とハッパをかける。ひきこもり・・一人の時間をもつことの意義や大事さを説く。著者名から難解な言葉での説教を想像してしまうけど心配無用、中学二年生くらいでも理解できるのではと思うくらい平明な文章で綴っています。五味太郎による表紙デザインも秀逸です。ま、問題は当事者がこの本をひもといてくれるかどうか・・です。


センセの自説としてこんなことを述べている。子供はお母さんの胎内にいるときから生後一年くらいの間は母親の生活状態、精神状態の影響をモロに受ける。例えば、夫との諍いが絶えないとか、ひどい困窮状態とか、日々、精神的に苦しむ暮らしを続けるとそのマイナスのダメージが子供にコピーされる。母親の不幸が一歳に満たない赤ちゃんの脳に刷り込まれてしまう。これは恐ろしい。


そんな赤ちゃんが成長すると,本人は全く自覚も記憶もないのに万事にネガティブに世間と対応する子供になる。逆に言えば、お母さんが安定した精神状態のときに授かった子供は素直に育つという。
 子供がイジメに遭って引きこもり状態になり、挙げ句に自殺するという大きな不幸が生じたとき、親はいじめた相手やその両親を糾弾し、裁判で倍賞を求める事件があるが、訴えた親は自分の過去の人生を顧みることがあるのだろうか。自殺した子供を育てたのは他ならぬ自分、という認識は持ちにくいのではないか。


暗い気質の親に育てられた子供が暗い性格を引き継いだ。むろん、それで親の非を咎められることはないが、親の不幸な人生が子供の人生を壊してしまうことは普通にある。裁判に勝って謝罪や賠償金を得ても子供は全く救われない。


最近の事件、都立大の宮台教授を襲った犯人は41歳の引きこもり男性で逮捕される前に自殺した。世間はたちまちこの事件を忘れてしまうが、犯人の70歳代の両親の苦悩はいかばかりか、時期をみて被害者に謝罪に赴くだろうけど、それで悲嘆が半減・・でもあるまい。あんなダメ息子を生み、育てた夫婦の懺悔、自虐の日々を想像すると他人事ながら気が滅入る・・とこれは自分の勝手な想像で、もしや、想像とは逆にサバサバした日々を送ってるかもしれないが。
 吉本センセは、母親が妊娠中から生後一年くらいの期間にひどい困窮とか生活のピンチに見舞われることを想定して国による援助が望ましいと書いている。引きこもりを減らすには、子供本人に対する教育、指導ではもう遅い。安心して子供を産み、育てられる環境整備が必要というわけです。センセのこの提案、理解してくれる人いるかなあ。(2002年 大和書房発行)