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~レガ爺 dameo の泡沫ライフ~

読書感想文

清少納言枕草子」を読む

 ハズカシながら、あの世が近づいて初めて読みました。いや、ほんとうは、読んだ、なんてエラソーこと言えず、肝心の原文は飛ばし読み状態。原文を読んでの理解度は二割くらいでせうか。ほとんどチンプンカンプンであります。しかし、幸いなことに解説書はいっぱいあるので、今回は、大伴茫人著「枕草子」と藤本宗利著「枕草子をどうぞ」の二冊を図書館で借りました。


理解度はともかく「枕草子」を読んだ人は、みんな清少納言中宮藤原定子(ていし)」の大ファンになってしまうのではないか。定子は清少納言が仕えた后ですが、いかほどの美貌と才知に恵まれた女性であったか、あれこれ空想しない男はいますまい。現代の女優さんたちに当てはめれば誰がピッタリか。う~ん、半世紀前の久我美子くらいしか浮かばない。(ふる~~~~)


読んだ二冊の本は、著者の清少納言への思い入れがすごくて、二人とも古典文学を解説するというより、ほとんど「オタク」感覚で清少納言をヨイショしている。でも、読む側はこのほうが楽しい。古語を一つずつ説明するようなマジメ本なら、とても最後まで読む気にならないでせう。
 ・・にしても、清少納言の人物像がイマイチわかりにくい。そこで、困ったときのセイゴー頼みで、また「松岡正剛の千夜千冊」を開けて虎の巻代わりにする。ふむふむ、なるほど、上手に書くなあと感心する評論です。


内容の解説など、とても自分にはできないが、宮廷生活のワンシーンをアバウトに紹介しませう。藤本宗利氏の現代語文を駄目男流にほぐして書きます。

 

第百四段から

 花咲き鳥謳う新緑のある日、清少納言中宮「定子」に、あの~、今日は郊外へピクニックに行きたいのですが、と願い出ます。定子は「いいですよ、その代わり、行く先で歌を詠んで来なさい」とOKを出す。
 
 よかった~。他に三人の女房どもを誘って公用車(牛車)に乗り、洛北は松ヶ崎あたりへ出かけます。清少納言が一番すきな鳥、ホトトギスがそこかしこでさえずり、気分はルンルン。そこには定子の親戚の貴族が 洒落たセカンドハウスに住んでいて、四人を歓迎してくれました。ランチには、貴族が「私が摘んできたワラビです。どうぞ」と嬉しいサービス。これがすごく美味しくてみんな大満足です。

 帰りは牛車に卯の花をいっぱい飾り付け、花車にしてご帰還。歌を詠むという宿題をすっぽかしてしまいました。


ワラビが美味しかった~、という土産話に興ずるも、定子に「で、歌はつくったの?」と言われて四人はショボーン。定子はご機嫌斜めです。
 二日後、清少納言が出仕して定子と雑談していると、定子はさりげなく筆をとり「下蕨こそ 恋しかりけれ」と書いて渡し、上の句を書きなさいと命じます。(ワラビ美味しかった、の話ばかりで歌作りをさぼったことに対するイジワルです)清少納言、ピンチ。


彼女はとっさに返します。「ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも」と詠んだのです。(後に流行する「連歌」の形式です)

    ほととぎす 訪ねて聞きし 声よりも
       下蕨こそ 恋しかりけれ

二人で合作したこの歌、鳥のさえずりを愛でる風流よりも、山菜料理の美味しさのほうが恋しい、というグルメ礼賛歌になってしまいました。

 この、いかにも清少納言らしい機知に定子は「やられた」と白旗をあげます。「ほんま、あんたようやるなあ、負けたわ」感心してケラケラ笑い合ったのでした。


・・という話の原文の一部をコピーすると、こんな具合です。


(略)唐繪にあるやうなる懸盤などして物くはせたるを、見いるる人なければ、家あるじ「いとわろくひなびたり。かかる所に來ぬる人は、ようせずばあるもなど責め出してこそ參るべけれ。無下にかくてはその人ならず」などいひてとりはやし、「この下蕨は手づから摘みつる」などいへば、「いかで女官などのやうに、つきなみてはあらん」などいへば、とりおろして、「例のはひぶしに習はせ給へる御前たちなれば」とて、とりおろしまかなひ騒ぐほどに、「雨ふりぬべし」といへば、急ぎて車に乘るに、「さてこの歌は、ここにてこそ詠まめ」といへば、「さばれ道にても」などいひて、

 卯の花いみじく咲きたるを折りつつ、車の簾傍などに長き枝を葺き指したれば、ただ卯花重をここに懸けたるやうにぞ見えける。供なる男どももいみじう笑ひつつ、網代をさへつきうがちつつ、「ここまだし、ここまだし」とさし集むなり。(略)

 二日ばかりありて、その日の事などいひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ手づから折りたるといひし下蕨は」とのたまふを聞かせ給うて、「思ひ出づることのさまよ」と笑はせ給ひて、紙のちりたるに、

   したわらびこそこひしかりけれ

とかかせ給ひて、「もといへ」と仰せらるるもをかし。

   ほととぎすたづねてききし聲よりも

と書きて參らせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでだに、いかで杜鵑の事をかけつらん」と笑はせ給ふも恥しながら「何か、この歌すべて詠み侍らじとなん思ひ侍るものを、物のをりなど人のよみ侍るにも、よめなど仰せらるれば、えさぶらふまじき心地なんし侍る。(略)


現代でいえば、在りし日の美智子妃殿下とお付きの女官のトップとの関係に近いかも知れませんが、清少納言はひたすら畏まって仕えるという女性ではなく、失礼スレスレの物言いもしたらしい。また、定子にもそんな態度を受け入れる度量があった。清少納言は、女が女に惚れるという感じで、生涯、この方にお仕えしたいと思っていたが、不幸なことに、定子は24歳で亡くなってしまう。華やかな宮廷サロンの暮らしは数年しか続かなかった。


枕草子といえば「春は曙 やうやう白くなりゆく山際 すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる・・」という教科書の文だけ記憶に残って、あとはプッツンというのが普通ですが、今回、雑に読んだだけでも、彼女の才能・・感受性の鋭さやすぐれた美意識に感心させられます。1000年前にこんなにスゴイ女性がいたのかと誇らしくなります。


教科書の「枕草子」はあっちにやり、まずは清少納言本人にアクセスするほうがうんと親しみやすいと思います。前記の「千夜千冊」を開けて全文読み通せば、少納言姐に会いたくなるでせう。蛇足ながら、清少納言の読み方は「せいしょう・なごん」ではなく「せい・しょうなごん」です。

 

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読書感想文

堀辰雄風立ちぬ」を読む

 いまどき、こんな古めかしい恋愛小説を読む人なんていないだろうと思って新潮社文庫版の奥付を見ると、平成23年で115刷、ドヒャ~であります。他社からも数種類の同じ本がでているから、ものすごいロングセラー。改めて「こんな本、誰が読んでるねん」と怪しむ駄目男です。


昨今の世相とはプッツンした、昭和10年ごろの「清く、正しく、美しく」式の物語です。背景が八ヶ岳山麓の高原や雑木林、舞台装置はサナトリウムというロマンチスト向けの設定がウケるのか。たしかに、自然の風景の描写はしつこいくらいで、カップルに次いで三番目の役者という感じです。これが読者を惹きつけていることは間違いないでせう。全体のイメージは、ガキの頃に読んだ立原道造の詩のセンスに通じるところがあって、戦前派には懐旧感ひとしおです。


それにしても、こんな古めかしい小説がなんで人気を保ち続けるのか。その答えのひとつは、ストーリーが魅力ではなく、文章全体が醸し出す「上品さ」ではないか。読み終わって、こんな作品、堀辰雄しか書けないナ、と思わせるところがある。現代の作家が書けない、薄味、ハイセンスな中身と表現が魅力なのでせう。


なんと言っても「風立ちぬ」というタイトルが良い。読者の購入動機の半分はコレではありませんか。「風が吹いた」を「風立ちぬ」と言い換えた著者のセンスに脱帽です。「風立ちぬ いざ生きめやも」というこの上なく美しい響きの言葉で世人の心を掴んだ。著者はフランスの詩人、ポール・ヴァレリーの詩の一節を意訳して、これをタイトルにしたそうだが、いざ生きめやも、という日本語自体もややこしい。生きめやも、は生きねばならないという意味らしいが、解釈より語感の美しさでモテるタイトルでありませう。


 語感の美しさといえば、ラベルの作曲による「死せる王女のためのパヴァーヌ」という曲は曲名と曲の内容とは全く関係が無い。このタイトルをフランス語で読んだときの語感がとても美しく、魅力的なのでつけただけという。本書が別の題名だったら、ベストセラーにならなかったと思いますよ。


100年前、結核は国民病だった。多くの作家も患い、堀辰雄も患った。代わって、今はガンが国民病。「風立ちぬ」を凌ぐ、百年読み継がれる名作が生まれるだろうか。(2012年 新潮社発行)

 

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閑人帳

これぞ天才にして救世主?・・道脇裕氏(43歳)

 昨夜(17日)なにげに観たテレ東「カンブリア宮殿」のゲスト、道脇氏のすごい天才ぶりにあ然となりました。そのケタ外れの発想力はダビンチやアインシュタインに比肩できるのではと思ったくらいです。この番組を観た人はみんな同じようにショックを受けたのではないでしょうか。日本にもこんなすごい天才がいたのだと少し気持ちが明るくなりました。


世間的にはネジロウという会社の社長さんです。社員はいるけど、実際はひとりぽっちの発明家です。その発明の対象が「∞」というのがすごい。学問で言う物理学や化学、医学という垣根さえ超越している。で、ダビンチを連想してしまうのです。


 アタマが良すぎて小学校は5年生で自主休学した。カリキュラムの中身が易しすぎて、低いレベルに付き合うのは耐えがたい苦痛だから、がその理由。よって、氏の学歴は「小学校中退」である。以後、引きこもりみたいな生活を送り、主に数学の勉強をした。ならば、論理的思考の極みを目指すように思えるけど、そういう話は出てこない。逆に、発明のキモは漠然としたイメージだという。「こんな感じ」をアタマに浮かべ、それを煮詰めてカタチにする。ということは、デジタル的思考は発明に向いてないと。


いま、会社のメシの種になってるのは「絶対ゆるまないネジ」みたいですが、この原理がわかりそうで分からない。カンタンに分かるくらいなら、とっくの昔に発明されてます。東大阪市の「ハードロック工業」が開発した「絶対ゆるまないナット」と併せて、この分野は日本が技術開発のトップに立っています。
 いま、実験をすすめている「コロナウイルス対策」装置?が成果を得れば世界に福音をもたらすかもしれない。権威や金銭欲に無縁の超変人の活躍に期待します。


話は変わりますが、昔「天才と秀才の違いはなにか」の解説を読んだことがあります。その違い、一言でいうと「努力を自覚しないのが天才、自覚する人が秀才」です。音楽家でいえば、モーツアルトは天才、ベートーベンは秀才。音楽ファンなら納得できると思います。

 

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読書感想文

田辺聖子田辺聖子の人生あまから川柳」を読む

 文化勲章受章作家、田辺聖子サンが集めた川柳傑作集。何かとストレスの多い人におすすめの軽~い本でおます。聖子さんも鼻唄歌いながら執筆したのではないかと思うくらい。作者の大方は戦前派か戦中派ではないかと思われます。聖子サンがしっかり選んだ秀句の中から、さらに駄目男が好みで選んだものを紹介しませう。


何がおかしいとライオン顔を上げ

この句の何がおかしいかワカラン人は、以下、読むに能わず。

 


なんぼでもあるぞと滝の水は落ち

なんぼでも、という方言を、いくらでも、という標準語に変えると面白さ半減します。しかし、滝の水を擬人化するなんて、すごい発想です。

 


このご恩は忘れませんと寄りつかず

大きな恩のある人の家って、意外に行きにくい、ホンネをいえば行きたくない。でも恩は十分感じている・・。分かりますなあ、この気持ち。

 


酒ついであなたはしかしどなたです

あります、あります、こういう場面。酒場でとなりのオッサンと打ち解けて、大いに盛り上がったところで、へて、なんやねん、このオッサンは、と我に帰る。相手も同じようにシラケたりして。

 


心中はできず勘定して帰り

切羽詰まって心中するつもりで出かけたのに、ええ場所見つからへん。うろうろしてる間におなか減って、ほなメシでも食うかと。あかんたれやなあ。

 


大日本天気晴朗無一文

川上三太郎という人の作で、田辺サンはこれぞ最高傑作としている。漢字ばかり並べて気宇壮大なシチュエーションをつくって、最後にストンと落とす。お見事というしかない。

 


大正は蓋の裏から食いはじめ

昭和生まれでもやってますがな。もったいないと蓋の裏のご飯粒を丁寧にこそげて食べ、しかし、最後は平気で食べ残す。これぞB級貧乏性なり。

 


年というものは畳の上で転け

ジッカ~ン、であります。畳の縁の3ミリほどの段差につまづいて転ける。それで骨折する人もいるから笑い事ではありませんが、とりあえず笑ってしまうのが正しい反応でありませう。(2008年12月 集英社発行)

 

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読書感想文

 

ドナルド・キーン「百代の過客」を読む

 文庫版ながら、600頁というボリュウムにたじろいでしまったけど、読むなら今でしょ、の気合いで? 購入。しかし、案の定、なかなか進まない。つい、他のスラスラ読める本を優先してしまい、約2ヶ月を要してようやく読了。・・ということは、読む尻から忘れる忘却人間には感想文を書くにも、改めてひもとかなければならないハメになり、なんともしんどい読書でありました。


著者の意図は、日本文学の原形は日記にあるのではという推定で、平安時代から近代(江戸末期)までの作品77編を精読、論評した。一番古いのは「土佐日記」や「蜻蛉日記」から始まっている。翻って、読者、駄目男の意図は、本書を読んでおけば、日記文学の概論は会得できるハズという、ズルイ考えから発しており、しかし、余りにも中身が濃すぎて消化不良に終わってしまったのでした。


一つだけ印象深い考察を書いておくと、これは著者独自の論ではないのだけれど、日記の書き手には二つのタイプがあり、一つは、日常の出来事、自然の移ろいなどをリアルに記録する日記。もう一つは、日記という形を借りて文学作品として表現する日記であります。


 著者は、日本の日記作品の最高傑作は、多くの人が認めるように、松尾芭蕉の作品であり「奥の細道」が頂点だという。これは、間違いなく「日記」ふうの表現になっているが、芭蕉ははじめから(構想の段階から)リアルな日記ではなく、文学作品としての紀行文を意図した。言い換えれば、芸術的であればウソを書くのもいとわない、という態度であります。(注)奥の細道の正しい名称は「おくのほそ道」)


こういうことが論じられるようになったのは比較的近年で、奥の細道の旅に随伴した曾良が自ら書き付けた日記と比較検証したら、食い違いがたくさん見つかり、曾良が素朴にありのままに書き付けたと仮定すれば、芭蕉の文には、俳句も含めて「創作」が多い。リアルな紀行文ではないことが分かった。芭蕉は「奥の細道」の旅を思いついたときから、単なる紀行文では無く、百年、二百年後の人が読んでも評価に耐えうる芸術作品であってほしいと望み、一言一句、言葉を選び抜き、推敲に推敲を重ね、旅を終えて五年後にようやく決定稿を仕上げた。リアルに事柄を記録するだけの日記なら、こんなに手間暇をかける必要はない。


芭蕉の目論見は見事に成就し、百年、二百年どころか、三百年経った今でも不朽の名作であり、俳句も国際的な広がりを見せ始めている。リアルな紀行文ではないからと評価を下げる人はいない。


著者は「蜻蛉日記」や「とはずがたり」は日本の近代文学で大きなウエイトを占めた「私小説」の源流ではないかとも論じているけど、まあ、これという仕事の無い貴族が男女関係をネチネチと執拗に書き連ねる日記は「私小説」の元祖と思われても仕方ない。


 貧乏性の駄目男が感心するのは、平安時代のB級貴族の男女が恋を語るにも「源氏物語」の登場人物を引き合いにだすとか、ずいぶん教養の高さを示すことで、そもそも「本」の制作、流通システムがどれくらい出来ていたのか。普及には「写本」という方法しか無かった時代に、どうして読みたい書物を手に入れたのだろうか。ゲージツ論より貧乏性のほうが気になってしまうのでした。


それにしても、著者、ドナルド・キーン氏の博覧強記、日本文学に対する造詣の深さには感心するばかりです。この人、一回目を通した書物は全部脳にメモリーされてるのではと疑いたくなります。源氏物語から三島由紀夫まで全部語れるアメリカ人がいるなんて・・。その上、漢籍やシエイクスピア論、はては古今の映画まで引き合いに出してラクラクと文学を語り、なお謙虚さを失わない。


こんなに日本通なのに、本書を日本語で書かなかったのは何故か。その理由も書いてますが、何より金関寿夫という優れた翻訳家がいたからで、誰が読んでも英文を和文に翻訳したとは思えないくらいのこなれた日本語に訳されています。翻訳文ということを全く意識させない見事さです。(文庫版 2011年10月 講談社発行) <書名の読み方 ハクタイノカカクorヒャクダイノカキャク>

 

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読書感想文

林芙美子著「放浪記」原典版を読む


原典版を読むべし
 図書館の棚から何気なく本書を取り出したら、原典版の「放浪記」で、これが読めたのはたいへんラッキーでした。それって、なんのこっちゃねん?・・実は「放浪記」には原典版と現代版があって、ほとんどの人は現代版、すなわち、新潮社の文庫本を読んでいるらしい。おなじ「放浪記」でも印象がまるで違う二種類が出版されているのです。


巻末で解説している森真弓はむろん原典版を強く推薦していて、234頁でこう述べている「私は古書店改造社版の放浪記(1930 昭和5年発行)の復刻版を手に入れ、驚いた。それは現在の文庫版とはまったく印象が違う。どう違うかはあとで述べるが、圧倒的に原典版の方が良い。なんと幼くて、なんとまっすぐで、なんとけなげで元気な現在形の本であろう。そこには社会の底に生きる若い不服従な女のほとばしりがある。それに比べると、文庫版の文章はなだらかで、取りすまして当たり前で、過去のお話になっていた」


戦前生まれの駄目男にとっては、原典版が旧かなづかいであるだけでもムフフであります。「放浪記」を読んだ人はたくさんおられるでせうが、機会あれば、この原典版も読んでみて下さい。
 内容は、行商人の娘であった著者の若き日の放浪生活を日記ふうに綴ったものでありますが、読者の胸に一番ひびくのは、その極貧生活の描写でありませう。樋口一葉にごりえ」出版から30年以上経ち、文明文化大いに進歩発展していたのに、社会の底辺で生きる人の暮らしぶりは何ほどの向上もなかったことが窺えます。


◆青春時代は「苦しきことのみ多かりき」
 6畳一間の家賃が払えない、どころではない。今日食べる米がない、手元の金は二十銭、十銭、きりという日が続く。それを使い果たしたら、空腹を我慢するしかない。(当時は、3畳、2畳の貸間もあった)

228頁の文を写すと・・
 「私は五銭で駄菓子を五つ買ってくると、古雑誌を読みながらたべた。貧乏は恥じゃあないと云ったものの、五つの駄菓子は、しょせん私の胃袋を満たしてくれぬ。手を伸ばして押し入れを開けてみる。白菜の残りをつまみ、白いご飯の舌触りを空想する。何もない。漠々。涙が滲んでくる・・」


 かくして、林芙美子の青春時代は「住所不定・職業不詳」の時代だった。メインの行商のほかに、食堂の店員、カフェの女給、おもちゃ工場の工員、事務員・・転々として定着しない。事務員は大阪天満の毛布問屋の仕事だったが、すぐに飽きてやめてしまった。放浪エリアも九州から東京まで広範囲で、比較的長く住んだ尾道市は「文学散歩」という観光の対象になっている。


これらの放浪記のどこまでが真実、またはフィクションなのか気になるところでありますが、各地を転々とした足跡は大方裏付けが取れてるので、概ね事実だったと思われます。むしろ、次々と入れ替わる男関係のほうが怪しい。食うために体を売った、場面もあったかもしれない。


食うや食わずの苦難の時代を経て、雑誌の連載から出版社の目にふれることになり、1930年、改造社から本書が発行されると大ベストセラーになります。当時(昭和初期)で50万部売れたというから、住所不定、職業不詳女は一気に「女流文学者」に祭られたのです。
 一膳のメシさえ食えなかった逆境にあっても、日記や歌を書くのはやめなかった。何人もの、B級、C級男を渡りあるきつつも、上昇心を失わなかったタフな精神が僥倖をつかむモトになりました。


◆無類の旅好きだった
 放浪は止むをえぬ境遇によるものだったとしても、一カ所に定住することが最善の選択でもなかったらしい。文学者として成功をおさめたあとも、しょっちゅう旅行に出かけた。パリへ行くのはシベリア鉄道経由だったというから、男でもびびりそうなハードさです。

 

 その印象を小説やエッセイに生かしただけでなく、新聞社の従軍記者として戦地へ行くし、ついには陸軍の従軍記者として、ベトナムシンガポール、ジャワ、スマトラなど戦闘地へも赴いた。女性の一人旅のリスクなんて全然気にしなかったらしい。


 当時の女流文学者は、インテリや実業家など「ええしの子」が普通で一人旅自体が御法度だったから、彼女は、作家にして変人とみられたでせう。旅好きといえば、与謝野晶子も全国各地へ旅しています。旅好きの第一条件「尻が軽いこと」においてツートップと言えます。(2004年 みすず書房発行)

 

読書感想文

冨野治彦「円空を旅する」を読む

 日本の歴史上でスーパーマンと言える人物3人を挙げよ、と言われたら、空海役小角円空、の名をあげます。身体能力抜群のうえに霊感をまとった超俗の人、という条件で考えるとこの三人です。と、いいながら、円空については皆目知らないので本書を読みました。三人のなかで最も新しい時代に生きたので情報もたくさんあるのですが、それでも「?」がけっこうある。出自、生い立ちについても諸説あってよくわからない。


「わしは生涯に12万体の仏像を彫るぞ」と言って全国行脚し、大は2mくらいの大作から、2,3センチの、キーホルダーみたいな小さい「木っ端仏」まで彫りまくったのであります。12万を数えた人がいるのか不明ですが、現在でも5000体くらいの像が残っているから、12万はホラ、ハッタリとも言えない。・・と、書きながら、円空さん自身、ちゃんと数をカウントしたのかしら、と素朴な疑問も湧きます。(10万目に達した、という本人の墨書きがあるので、本当に数えていたかも)


なにしろスーパーマンですから、新幹線も自転車もないのに、北海道から東北、関東、東海、近畿まで、歩きに歩いて、かつ現地で彫刻作品を残した。宿なんかなくても、洞窟や崖下で雨露をしのいだ。霊感を得るために厳しい山登りもいとわず、青森の恐山や大峰の山上岳にも登っている。美濃生まれの円空だから、伊吹山は「ふるさとの山」だった。


経歴はさておき、円空作品の魅力は、伝統様式や時代感覚にとらわれない優れた造形力にあります。木を見つめ、木のクセを読んでイッキに鉈(ナタ)で彫り、刻む。作業をはじめたら最後までノンストップで掘り続ける、という感じです。ゆっくりと、丁寧に・・の真逆の制作方法だと思います。そのスピード感や力強さが造形に反映される。300年前の制作とは思えないモダン感覚が観る者を魅了します。


円空は彫刻作品制作だけでなく、約1600首もの歌を詠んでいる。12万の仏を刻み、1600の歌を詠み、経典にも詳しい・・のであれば大変な教養人でもあります。いったい、どこでそんな修養を積んだのか。空海とともに、スーパーマンの上に「インテリ」の冠を載せてもいい偉人です。1695年(元禄8年)64歳で没。(2005年 産経ニュースサービス発行)

 

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読書感想文

伊藤ミナ子「銀座料亭の若女将が教える、一流の習慣術」

 銀座で、お客は一日三組に限定の店・・というから、一見さんお断りの超高級料亭かと思ったら「ぐるなび」でも宣伝していて、メニューは一万円からとある。だったら、予約すれば誰でも行ける店なんでせう。


一流たる人の習慣術というのが本書のテーマですが、ここでは「会話テク」なる項目だけ紹介します。著者が接客した経験から感じた、接待の席での上手な会話についてのアドバイスです。


◆話はコンパクトに、結論から話す
 お互い、忙しい身であれば、まず伝えるべき結論を述べ、次に、経過や補足的なことを話すのがベスト。しかし、話がヘタな人は前提からくどくど喋って、なかなか結論にたどり着かない。相手はイライラして「要するに何を言いたいの?」と突っ込んでしまう。しかし、ご本人は丁寧に説明してるつもりなので、これはもう性分で改まらない。こんな話に限って、中身はどうでもいいような軽いものだ。


◆ストーリー仕立てで話す
 思わず引き込まれてしまうような魅力ある話は、後で考えたらストーリーになっていることが多い。事実を断片的に並べても感興が起きない。「無愛想な話ぶり」というのは起承転結がつながらず、何を言いたいのか伝わらない場合がある。もっとも、立て板に水、の能弁でも中身が貧しければアウト。しゃべり過ぎは当然、嫌われる。


◆まずは相手の言うことを聞いてみる
 自分の考えが正しいと自信をもってる人は、とかく相手の言うことを聞かず、持論を一方的に喋りたがる。ゆえに、しらけたり、鬱陶しがられたりして、円滑な会話ができない。拝聴するだけの席ではなく、議論の場では、まず相手の話を良く聞いて、そのあとで逐一反論や疑問の呈示で話が噛み合うようにしたい。口数の多い人は「聴く力」を持たず、見下げられることがあるからご用心。


◆悪口は言っても陰口は言わない
 対談相手に言うのが悪口、相手のいないところで言うのが陰口。例えば、部下に悪口(叱責)を言うときは、ストレートな言い方でもよいが、相手にちょっと「逃げ」の余裕も与える。また、叱りながら自虐的なオチも使って「俺もアホやってんけど」と、とことん相手を追い詰めないことが肝要。こんなことは経験を積まないとなかなか身につかない。


 陰口は言わぬが花。ちょっとした陰口が他人を介在して大問題になることがある。しかし、相手を窮地に陥れるために、意図的に陰口をながすこともある。「怪文書」なるものも陰口の一つである。
 逆に「陰褒め」はプラス効果が大きい。頭の良い人は、本人に直接褒め言葉を言わず、人づてに褒め言葉を流す。褒められた人は。このほうが評価感が高まる。


◆人脈自慢は二流、三流人間の証拠
 下流の人間ほど人脈自慢をしたがる。尋ねてもいないのに有名人とのつながりを言いふらすは成金族。一流の人は人脈を容易に明かさない。むろん、完全にクローズする必要も無いが、肝心な場面でチラと明かすことで信用が高まる。


◆語彙を増やす
 一流人は、ほぼすべてが読書家だから、会話での語彙が豊富だ。逆に、読書習慣のない人は語彙が貧しい。どうすれば語彙を増やせるのか。
「四字熟語」辞典なんか買って暗記する? でも、折角覚えても、使う場面がなければ何の役にもたたない。アウトプットできる環境があってこそ役に立つ。さりとて、毎日十時間、テレビやスマホと付き合っても決して語彙は増えない。


 熟年世代になると、日常会話にも資質があらわれる。初対面の人でも半時間会話すれば人格、教養が知れる。だからといって、60歳過ぎて「会話テク」を勉強しようという人なんかいない。苦労して会話術を学ばなくても、付き合う人間を選ぶ(レベルを下げる)だけで悩みはなくなるのであります。(2011年8月 ソフトバンク クリエイティブ発行)

 

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読書感想文

オスカー・ワイルド幸福の王子」を読む曾野綾子訳)

 新聞の隅っこの書籍広告のキャッチコピー「どの作家にも、この一冊を書き終えたら死んでもいい、と思う作品があるはずである。もし、私がオスカー・ワイルドなら「幸福の王子」がその作品だ」 これに釣られて購入。この惹句は、本書の「あとがき」の冒頭の文だった。


 曾野綾子の本は昔にたくさん読んで十分食傷していたのですが、童話の翻訳というので手にした。なかなかネタ切れを起こさないしぶとい人であります。
 オスカー・ワイルドといえば、すぐに戯曲「サロメ」を連想し、サロメといえば、おどろおどろしい、O・ビアズリーの挿絵を思い出してしまう。19世紀末の退廃、耽美趣味というイメージになってしまう。しかし、本書は童話であります。大人なら20分で読み終えてしまう短編です。なのに、曾野綾子センセは「この一冊を書き終えたら死んでもいい」作品だと思いっきり持ち上げた。


主人公は、幸福の王子と呼ばれる金ぴかの像と、たまたま、そこに立ち寄った一羽のつばめ。語られるテーマは「無償の愛」「自己犠牲」という高邁な精神でありますが、これを小学生でも理解でき、あの世が近いロージンをも感動させる物語として完成させた、という点で曾野綾子センセは高く評価した。あの「サロメ」のイメージと全く異なる内容に駄目男の石頭脳はオヨヨと錯乱したのであります。


幸福の王子とつばめは、貧しいお針子や、飢えた少年や、寒さに震えるマッチ売りの女の子などを救い、最後は与えるものが無くなって死んでしまう。その亡骸を役所の人間はゴミとして捨ててしまった。救済や慈悲の尊い行いに何の見返りもなかった。


自分は他人のために何が出来るか。他人を救うために自分の命を犠牲にする覚悟があるか・・と言う重いテーマがさらりと語られるところに本書のネウチがあります。こんな深刻なこと、私たちは日常において考えることはほとんどない。そのくせ「愛」や「平和」といった言葉は軽々しく口にする。


曾野センセは、あとがきの中でこう述べている。「もし、平和や愛の達成というものが、戦争の残酷さを語り継いだり、デモや署名活動に参加したり、いっしょに歌を歌ったり、千羽鶴を折ったりすることで達成できると思っている若者や壮年や老人がいるとしたら、安っぽい勘違いだ。真の平和や愛とは、そのために自分の持ち物や財産を全部差し出し、自分が盲目になることや、最後には自分の命さえ与えることを承認することだ、ということを悟るはずである。平和は平和を叫ぶだけでは達成しない。そのためにどれだけの犠牲を払う覚悟があるかを自分で選ぶのだ」(以下略)。


本の「あとがき」をこんなに熱く書いてるのは珍しい。クリスチャンにしてリアリストでもある曾野センセの面目躍如たる文であります。本文の最後の一行は原文から離れて意訳したとあり、神の教えより現世の人間に寄り添った文に変えられている。


オスカー・ワイルドは毀誉褒貶の激しい人生を送り、1900年、46歳で亡くなった。退廃的かつ猥褻な絵を描き続けたビアズリーもわずか25歳で世を去った。(2006年12月 パジリコ発行)

 

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読書感想文

岡江晃「詫間守 精神鑑定書」を読む
 以下の読書感想文は2016年にFC2ブログに掲載したものです。5年経って再読してみましたが、自分の見解は変わっておらず、再掲載します。6月8日は事件から20年目になります。 後半は死刑制度について自分の考えを書いています。


 2001年6月、池田市の教育大附属小学校で起きた大量殺人、傷害事件の犯人、詫間守の精神鑑定書。犯人は精神異常者だったのか、否かを精神科医の立場で判定した、調査、判断資料でありますが、著者は「精神異常者ではなかった」と述べている。狂気の挙げ句の犯行ではなく、正常人に近い精神状態で、8人の子供を包丁で刺し殺し、15人に傷を負わせた。


生まれながらのワルだった
 統合失調症などの精神疾患ではないが、相当な「情性欠如者」だった。他人の気持ちを推し量る、他人に協調するという、ごく普通の感覚が欠けていた。親のしつけ、教育の失敗であるが、しつけ以前に親は彼を放置していた。育て方の失敗に育ち方の失敗が重なった。


三歳のころ、三輪車で遊んでいて、何気に車道のまん中へ出て行き、車の渋滞を起こした。また、幼児は親とはぐれると、恐怖で泣きじゃくるものだが、彼はけろっとしていて、警察に保護されて帰宅すると、パトカーに乗れて良かった、などと平然としていた。小学生になると、級友を押さえつけて小便をかけたりした。十代で強姦事件を起こした・・・。それでも両親は真摯に彼と向き合わなかった。


ジキル博士とハイド氏
 警察沙汰になる事件だけで十数回、それ以下の小さなトラブルを含めると、恐らく数百人の被害者がいたかもしれない。通行人にいきなり殴りかかる。ツバをかける、罵声を浴びせる・・。バスの運転手をしていたとき、乗客の態度が気に入らないといって車内で客に暴言を吐いたこともある。と、こう書けば、やはり狂ってると思うのが普通だが、そうでない、ふつうの姿も見せるからややこしい。小説の「ジキル博士とハイド氏」みたいな二重人格的な面がある。


仕事はどこへ勤めても長続きしない。せっかく採用されても、入社日に出勤しない。そんなだらしない生活なのに4回結婚した。何十回も転職した、4回も結婚したということは、少なくとも交際中はふつうの人に見えた。就職先の採用者の印象では、おとなしくて、真面目そうな男だった。結婚、離婚をくり返し、普通は男が慰謝料を払う側になるが、彼は元妻に難癖をつけ、あるいは脅迫して、20万、30万とたびたび金をせびった。


こんな「普通の男に見える」ことと、凶悪大量殺人者のイメージとの乖離が大きすぎて著者は診断に逡巡する。400頁にわたる著述のほとんどは、正常な人間か、狂気(精神病)の男か、なかなか結論をだせない、判断の「ゆらぎ」に費やされている。


むろん、MRIなどの検査もくり返し行って脳科学の面でも慎重な診断が行われた。医師(著者)との問診では、普通、凶悪犯なら、反抗の態度をみせるか、無視など、非協力的な者が多いのに、彼の場合はそんな反抗はなく、協力的であり、しばしば饒舌でさえあった。これがまた著者を悩ませる。問診で詫間自身はこの事件のことを「ブスブス事件」と呼び、他人事のように話した。


反省、謝罪の言葉、一度も語らず
 この精神鑑定書が判決にいかほどの影響を与えたのか、読者は判断できない。しかし、巻末の判決文を読むと、被告、詫間の生い立ちや社会生活に関しては同情や斟酌の言葉は一切出て来ない。スパッと「死刑しかない」と断罪している。むしろ、殺された子供たちの恐怖や、救えなかった親、教師の、生涯消えない深い心の傷をおもんばかって、同情の言葉を述べている。


 普通の人間=少しは常識のある人間 なら、自分の犯した罪の大きさにおののき、悔悟の気持ちも湧くものだが、彼は全く平然とした態度を貫いた。そもそも、大量殺人の動機さえあいまいで、単なる鬱憤晴らしのレベルで二十数人もの人を殺傷した。社会人としての己の無能ぶりに愛想を尽かした挙げ句の大量殺人である。


被害者にはなんの恨みもなかった。身長180センチの彼は、恐怖に立ちすくむ7才、8才の子供を一撃で致命傷になるほど包丁で深く突き刺した。5人、10人、15人・・殺人という作業をクールに繰り返したにすぎない。さすがに疲労を覚えて「あ~しんど、もう終わりや」の場面で取り押さえられた。(問診でその時の気持ちを述べている)


詫間本人も、父親も、被害者へのお詫びの言葉は一切述べなかった、と言う点でも珍しい。父親は記者団に「あれは息子がやったこと。自分は関係ない」と平然としていた。犯人にとって、殺人は単なる作業でしかなかった。大根を切るように人を切り裂いたにすぎない。反省の言葉など、どうして出すことができよう。むしろ、鬱憤を晴らしたという達成感のほうが強かった。


死刑判決後、彼は早く死刑執行するように求めた。執行しなければ裁判で訴えるとまで言った。その意を受けてか、判決後1年目に執行された。(普通は判決後、5~10年で執行される)
 遺体の引き取りは親族の全てが拒否した。仕方なく、なんの関係も無い某キリスト教会が引き取り、かたちばかりの葬儀を行った。(2013年6月 亜紀書房発行)

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死刑制度廃止論者の考えを聞きたい
 世論調査によると、日本では、死刑制度を存続するべきという意見が8割、廃止すべきが1割で、この比率はあまり変化がない。それでも、10人に一人の割合で廃止論者がいる。dameo はむろん存続論者でありますが、廃止論者の意見はどのようなものか、聞いてみたい。


死刑に関しては過去に参考になる本を読んでいるので、廃止論の大方は見当がつく。「加害者にも人権、生存権がある」「死刑は国家による殺人」「冤罪の可能性」「廃止は世界の趨勢」など聞き飽きた意見のほかに、説得力のある廃止論があるのだろうか。(自分にとって傾聴するべきは「冤罪の可能性」だけであるが、この事件に関しては冤罪の可能性はゼロである)


ろくに学習もしないで廃止論を唱える人は単なる「ええかっこしい」ではないのか、というのが意地悪 dameo の考えであります。加害者にも人権がある、というなら、生きる権利を一方的に奪われた被害者の人権と加害者の人権を対等に考える根拠を示してほしい。当然のことながら、死刑廃止論者は自分の言葉で被害者遺族に対して「だから、死刑は廃止するべきだ」と説得できなければならない。


死刑廃止国の多くがキリスト教信仰の国であることを考えれば、倫理感に神の教えが影響していることは避けられない。そんな国々が死刑制度を無くしてるからと、なぜ日本が同調しなければならないのか。死刑制度廃止が世界の趨勢だとして、廃止国の多くがキリスト教信仰国であるなら「世界の趨勢」になにほどの客観性があるのか。信仰そのものは否定はしないが、日本ではあくまで人間社会の倫理で議論するべきである。


現場で死刑、という現実を見よ
 世界の趨勢は死刑廃止であり、先進国で死刑制度を存続させている日本は、むしろ特異な国である・・と廃止論者は訴える。まるで日本は人権無視の非人道国みたいな言い方である。では、死刑制度廃止国は日本以上に人権意識の高い国なのか、といえば、それはない。


 アメリカは多くの州で死刑制度が廃止になっている。フィリピンも死刑制度は廃止された。しかし、現実はどうか。アメリカで銃乱射事件が起きた場合、警官隊はほとんどの場合、犯人を現場で射殺している。問答無用だ。フィリピンでは麻薬犯罪容疑者は、逮捕時に抵抗したり、逃亡を企んだ者は容赦なく射殺している。ドウテルテ大統領が地方都市の市長時代から射殺した容疑者は1800人にもなる。フランスなどもテロ犯罪容疑者は「容疑」だけで射殺される。


死刑制度は廃止した。しかし、現実は犯罪現場で、罪状確認もせずに殺されている。だったら裁判ナシの死刑と同じではないか。これらの国の人権意識が日本より高いとどうして言えるのか。犯行現場での銃殺は絞首刑より人道的な措置だと言いたいのか。


被害者遺族の無念や怒りを察すると、死刑制度の存続論の概念は、えらく古めかしい言葉だけど、裁判を経た上での「国家による仇討ち」が腑に落ちる。死刑制度廃止国の大矛盾「現場で死刑」よりはマシな発想だと思うのであります。


ケチンボ精神でみても終身刑は納得できない
 もし、日本で死刑制度が廃止され、終身刑が最高の罰となれば、凶悪犯、詫間守は生涯を独房で過ごすことになる。彼の生活を支える費用は年間300万円、70歳代まで生きるとして、30年間の経費は物価変動を無視しても1億円に達する。


むろん、費用は国費で賄われる。年収300万そこそこで地味に暮らしてる人はこれを看過できるでせうか。何人もの命を奪ったものが生涯「三食昼寝つき」で暮らす。詫間の場合、自ら早々の死刑執行を懇願した。なのに、何十年も生きなければならない。死刑廃止論者は、これが人権擁護の精神にもとる正しい措置だという。廃止論者の言う「守るべき加害者の人権」とは何なのか。


日弁連死刑廃止宣言」のうさんくささ
 10月7日、福井市で開かれた「人権擁護大会」において、日弁連は2020年までに死刑制度を廃止する旨の「死刑廃止宣言」を採択した。こう書けば、日本の弁護士の大多数が死刑廃止に賛成しているように思われるが、そうではない。全国の3万7千人の弁護士のうち、この大会に参加したのはわずか700人、この会場で多数決をとり「死刑制度廃止」を宣言した。これが日弁連の意志と言えるのか。(多くの国民は日弁連の全体の意志だとカン違いしてしまう)


今までたくさんの読書感想文を書いてきましたが、精神鑑定書を読むなんて初めてだし、この上なく暗い内容だから(当たり前や!)気分が滅入ってなかなか読み進めず、読後も感想文を書く気にならなかった。しかし、ほどなく日弁連の「死刑廃止宣言大会」があり、これに同調する朝日新聞は社説でこの宣言を高く評価した。これで感想文を書く気になりました。


<追記>詭弁を弄する朝日新聞社
 2016年10月9日の社説では「OECD加盟35カ国の中で死刑制度があるのは日本だけだ」と死刑反対論を述べているが、日本以外の加盟國はすべてキリスト教を主たる信仰にしている国である。加盟国である韓国もキリスト教信者が一番多い。そもそも、死刑制度の存廃を論ずるのになぜ経済協力開発機構OECD)の組織を持ち出すのか。朝日らしい、見え見えの詭弁であります。

 

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