アラン「幸福論」を読む  

 ハードカバーの立派な作りに上品な表紙、帯には「この世でもっとも美しい本のひとつである」という惹句。ならば、さぞや有り難い名言、至言の数々が書かれているはず、と期待して開くと・・。ま、ハズレでありました。
 まえがきの「ヒルティ、ラッセル、と並んで世界の三大幸福論と言われる」というPR文句にまんまとのせられてしまいました。


78頁「過去や未来にとらわれない」
 「人が耐えなければならないのは現在だけ。過去も未来も無害である。なぜなら過去はもう存在しないし、未来はまだ存在しないのだから」。ストア学派のこの主張はまったくその通りである。
 過去と未来が存在するのは、人がそれについて考えるときだけ。つまり、両方とも印象であり、実体がない。それなのに、わたしたちは過去に対する後悔と未来に対する不安をわざわざ作り出しているのである。


深刻な不安や後悔に苛まれているとき、この言葉に出会えば救われますか。親切な友人がこの文を指し示して「ほら、アランはんがこんなええこと書いてはる。これで悩みなくなるで」なんて教えてくれてもなあ。


どの項目も概ねこの調子で新興宗教の説教文句のレベルであります、と言えば、あんたは教養がないからそんな言いぐさしかできないのだと叱られそう。実際、ほんとうに下らない内容なら世界中の三大幸福論なんてヨイショされるはずがない。勝手な想像を言えば、この本が役立つのは三〇歳くらいまでの若い人たちでありませう。四〇歳すぎてこの本が人生の指針として役立つなら相当の世間知らずであります。さしたる悩みも蹉跌も経験せずにのほほんと生きてこられた、幸運な人であります。


中年になってこの手の本を読むならA・ビアスの「悪魔の辞典」のほうがよほど面白い。しかし、老年になるとこの本もアホらしくて読めなくなった。(2007年 ディスカバートウエンティ発行)