名画の秘密 ベラスケス<ラス・メニーナス>を読む

 図書館の美術書棚で素敵な本を2冊見つけた。一冊がこれ。美術ファンならずともご存じの傑作でありますが、傑作にして謎だらけの絵というのが魅力的であります。実は、大昔、dameo が画集ではじめてこの絵を見たときも単細胞的な疑問を抱いたものです。それは「絵の主役はどう見ても中央のマルガリータ姫である。なのに、なぜ画題が<ラス・メニーナス(女官たち)>なのか」というものでした。ま、こんな超素朴な疑問、誰でも抱くかもしれませんが。


宮廷画家、ベラスケスが王宮の一室で5歳の姫君を描いたこの絵は当然、王宮内に飾られる。それなのにタイトルが<女官たち>やて。王様、怒るで!。ベラスケスは「忖度」という言葉知らんのかいな。・・と気を揉んだのであります。おそらく世界中で5000万人(不詳)くらいは同じ疑問をもったと思います。


本書で説明する「謎」はもっと本格的です。怪しさのなかで最たるものは「どんな技法でこの絵を描いたのか」であります。ふつう、画家は目の前にある事物を目の前にあるキャンバスに描きます。しかし、この絵はそうではない。画家の前に巨大(約3m×3m)なキャンバスがあるのは確かで画面の左端に裏面が描かれています。(写真参照)しかし、この絵には絵を描く画家自身も描かれている。キャンバスからかなり離れているのは画面上のレイアウトとかのバランスを観るためにわざと離れていると思われます。


こんな場面をリアルに描くためにはキャンバスの背後に巨大な鏡を置く必要があります。しかし、鏡に映る像は左右反転しているので、人物その他の対象をすべて反転して描かなければなりません。え、えらいこっちゃ~~。
 ・・ということは、私たち鑑賞者は鏡面の位置でこの絵を見ていることになります。私たちはこの場面をリアルに眺めているのに、画家は鏡に映った左右逆の虚像を見て描いている。私たちは画家が虚像を見て描いた絵を実像と勝手に思い込んで鑑賞している。いや、そうではないのか、本当は・・


疑問が疑問を呼び、アタマが混乱し始める。タイムマシンがあれば王宮の現場へ乗り込んで「ベラスケはん、これ、どないして描きましてん」と直接尋ねたい。すると、ベラはんは「その質問、あんたで5万人目や、ええかげんにしなはれ」と。


実際、過去300年以上にわたって世界中の美術家や学者がこの作品についての持論を述べ、書物をつくったが謎の解明には至らなかった。フランスの哲学者、ミシェル・フーコーもこの絵の不思議さに関する随筆を書いている。現代ではパブロ・ピカソも探求心にかられて1950年代に詳細に研究したが、コレという成果はえられなかった。ピカソも匙を投げた名作であります。


ひとつ、大事なことに気づいていないのではないか。それは空想で描いた、という案です。眼前にモデルを配して描いたのではなく、画家の空想で描いた。昔の宗教画のように画家のイメージを自由に描いた。・・とdameo は勝手に想像した。こんな想像した人も1000万人くらいいたかもしれない。あらかた登場人物などを別々に描き、本作では画家のイメージに沿ってレイアウトする・・。どないです?このアイデア。しかし、そんな手抜き制作、王様がゆるすだろうか。「アカン!」の一言で却下されると思います。


この絵に描かれている人物はむろん、部屋や壁にかけられた絵画や女官が手にしている赤い小さい壺、そして画面右下に座る大きな犬まで、すべてがリアルで人物は出自、履歴がしっかり記録に残る。大きな犬は原産がロシア系の「スパニッシュ・マスティフ」犬である。要するに、画面に描かれた事物は全部リアルである。しかし、絵画本体は空想画である。あかんかなあ・・この案。
 美術鑑賞の好きな人が集まって持論を述べ、ディスカッションする・・こんな集いがあれば楽しいですね。(2016年 東京出版発行)

 

原画のサイズは276cm(W)×318cm(H)と大きく、上部は脚立がないと描けない。画家の右手の鏡に映ってるのは王様と王妃。