向田邦子「思い出トランプ」「男どき女どき」を読む 

 著者、向田邦子は作家より、テレビドラマの脚本家として有名だった。しかし、500本以上こさえたというテレビドラマ、一本も見ていないので、そちらは見当がつかない。ドラマで人気を博したのは「寺内貫太郎一家」や「阿修羅の如く」らしい。


この2冊の作品集では、平凡にして平穏な小市民の生活の営みに一滴の毒を垂らす・・というのが標準的スタイル。その毒がけっこうきつい。しかし、大波乱が起きるのではなく、一家破滅の悲劇につながるのでもなく、毒が回ったまま、ホームドラマが続く。その先までは書かない。暗示したところで物語が終わる、というのが向田流みたいですね。


「人間の、人間に対する果てしない興味」が小説や脚本を量産するモトでありまして、向田さんと昵懇に付き合った人はみんなネタにされてしまいそう。
 もう一つ、登場人物に美男美女はかいもく出てこないのも特色。ダサイ男とブサイクな女が市井の片隅で惚れた振られたを演じる話が大半でありました。確かに、美男美女より冴えない男女のほうが描きやすいし、リアリティがありますからねえ。向田さんって、ハーレクイン風の物語なんて書けないでせう。「だらだら坂」「ビリケン」「鮒」などがスグレモノだと思いました。しかし、三十数編を一気に読むと、さすがに飽きてしまいました。


 著者は1929年生まれだから、存命なら93才。橋田壽賀子さんとあまり変わらない世代です。功成り名遂げて、作家として一番人気の高かったときに一滴の毒、運命の暗転が訪れた。(1981年、台湾旅行中、飛行機事故で死去)ということは、今50歳の人でも向田邦子の名前を知らないのか。嗚呼、時は無情に過ぎゆく・・。(大活字本で読みました)