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~レガ爺 dameo の泡沫ライフ~

太宰治「富嶽百景」を読む

 山登りなんかまるで興味無さそうな太宰治の富士山論であります。書き出しはこんなふうに始まる。「富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晃の富士も八十四度くらい、けれども、陸軍の実測図によって東西及び南北に断面図を作ってみると、東西縦断は頂角百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晃に限らず、たいていの絵の富士は鋭角である。頂が細く、高く、華奢である。


北斎に至っては、その頂角ほとんど三十度くらい、エッフェル塔のような富士をさえ描いている。けれども実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。(中略)低い。裾の広がってる割に低い。あれくらいの裾を持っている山ならば、少なくとも、もう一,五倍高くなければいけない。


かように、太宰治は日本の名峰富士山をけなすのであります。それなのに、「思うところあって」太宰は旅にでた。行き先は御坂峠、富士の展望台みたいな場所だ。実はここの茶屋に文学の師、井伏鱒二が逗留していて、それが目当てだったらしい。


 ある日、二人は三ツ峠に登った。井伏は軽快な登山服姿であったが、太宰はそんな服あるはずがなく、茶屋のドテラ姿であった。「茶屋のドテラは短く、私の毛ずねは一尺以上も露出して、しかも、それに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく・・」あの、ええかっこしいの太宰がこんな恰好で山登りしたのか、もう笑うてしまいます。ふだん、人のなりふりを決して軽蔑などしない井伏センセイも太宰のこのブッサイクないでたちにはアゼンとしたらしい。


頂上のパノラマ台についたときの文章がケッサク。「急に濃い霧が流れてきて、頂上の断崖の縁に立ってみても一向に眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は濃い霧の底、岩に腰を下ろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさそうであった」師であるゆえ、屁をこく場面でも敬語を使うのであります。

(注)太宰はこのあと井伏鱒二センセの仲介で石原美知子とお見合いし、即気に入って結婚した。

 

三つ峠からの富士山展望