吉村喜彦「バー堂島」を読む

 小説のなかであっても自分の知っている風景や事物が登場すると気になるものです。この本で登場するのは天保山です。
 本書は前に紹介した<子供 本の森 中之島>図書館の後ろを流れる堂島川沿いの小さなバーに集う客とマスターの交流物語。著者は当地に本社があるサントリーの宣伝部に勤めていたサラリーマンだからお酒の知識とその描写はむちゃ詳しい。洋酒の好きな人が読んだらムズムズしてきそう。


物語は春夏秋冬四編の構成。<秋~舟歌酒>編で会話のなかに大阪市港区の「天保山」が出てくる。標高4,5m、嘗ては日本一低い山だった。
 115ページ。マスターと客の会話。「海ばっかしやないですよ。うちの近くには山もあるし」「山?」天保山です。ちょっと前までは日本一低い山やったんです。今は二番目ですけど」「そら、めっちゃいちびってるな」
 以下、少し長くなるけど、天保山二位陥落の始終を説明します。


2022年現在、一番低い山は仙台市宮城野区の「日和山」で標高は3m。2011年までは6,8mあって、このため天保山にトップを譲っていたが、東日本大震災津波に呑まれ、海べりの小山はまっ平らになってしまった。
 日本最低の日和山は地元市民に親しまれ、毎年7月1日には日本一高い富士山に対抗して?「山開き」の集会を催すなどイチビリ(ユーモア・おふざけ)精神は大阪人なみだった。なのに、dameo のせいで 1996年に天保山に一位を奪われ、さらに大震災で山自体が消滅した。山が海に呑み込まれるなんて・・神様に「いちびり」されたのか。


消滅した日和山を地形図に復活させたのはカタブツ役所の見本みたいな国土地理院であります。震災から3年後の2014年、電子版の地形図に「日和山 3m」の文字を表示した。日和山以外ではありえない「地元住民への忖度」でありませう。この、たった5文字の表示が住民を元気づけた。しかも標高は3m。天保山より俄然低い日本一の低山となった。


多くの人命や家屋を失い、悲嘆にくれた日々を送ってきた人たちがようやく落ち着きを取り戻したときに日和山が地図上に復活したという小さなニュース。これが住民のコミュニティ復活のきっかけにもなった。住民の誰かが小石を積み上げ、山名を書いた看板を建てた。ディスプレイ上での文字表示より百倍リアルな「日和山」復活シーンであります。(写真参照)


さて、実は天保山も地形図から消された履歴があった。1993年に改訂版をつくるとき、港区の区長や大阪市役所総務部の誰かが<天保山 4,5m>なんて、山とちゃうやろ。消してもええがな・・の判断で消された(但し、測量での必要から標高数字の表示は残った)
 新版地図でこれを知ったのが大阪府枚方市の地図マニアAさん。同好の仲間、埼玉市のBさんに「天保山が消された」と伝えた。Bさんも地図マニア、かつ、本格派の山男。自分の調査で天保山が日本一低い山だと認識していたから、そんな名山?が消されたことに不満を抱いた。


1995年、Bさんは山男しか読まない雑誌「山の本」に<消えた日本最低標高の山 天保山>という記事を寄稿した。この雑誌を地図好きだけど、ぜんぜん山男ではない dameo が梅田の紀伊國屋書店で買って読んだ。なんでこんなマニアックな雑誌を買ったのか不思議としか言えない。
 記事には天保山消滅を惜しむ文が長々書いてあり、文末は「大阪市民はどう思っているのか」と市民の無関心を嘆くような書き方だった。これを読んで「ほな、自分がやりまっさ」気分になったことがイチビリのはじまりであります。


さっそく、出版社気付でBさん充てに「天保山復活、自分がやります」と手紙を書いた。だが、出版社社長さんからの手紙を見て仰天した。「Bさんは正月に南アルプス北岳に単独登山して遭難した。なんとか生還したが手指の凍傷で手紙が書けない」とあった。あちゃ~~、であります。バス停より歩3分の天保山あれば、標高3000m、零下20度の冬山もある・・こと、再認識したのであります。


軽率に「やりまっさ」と言ったものの、具体的にどうすればいいのか。「請願書」を作成するのが大難儀でした。結局は一ヶ月くらいかけてB5紙で30ページくらいの資料をつくり、お役所のメンツを傷つけないよう、作文に気配りして「山名の再掲載」をお願いした。一人じゃ心許ないので近所の十数人に賛同の署名と捺印を頂戴した上、区役所に提出した。その後、奇跡に近い幸運が重なって、天保山の名前は1996年7月発行の改訂版に掲載、復活しました。


一旦、地図から名前を消された天保山は1996年の復活から2014年まで18年間、日本一低い山の名誉?を担ったことになります。この年「日和山」が日本最低の山として復活すると、地元の新聞「河北新報」の記者から電話で取材があった。天保山のトップ陥落をどう思いますか?と問われたので、民主党で大人気?だったレンホー先生の言葉を借りて「二位じゃダメですか」と答えた。
 町の復興が進んだ2019年、地元、蒲生町のみなさんが「山開き」行事を復活、350人もの人が集まって再生した「日本一低い山」に数歩で登山し、昔の親睦を取り戻す楽しい行事になりました。日和山よ、永遠なれ、であります。(2019年 角川春樹事務所発行)


(注)地形図に掲載の山で最低標高は日和山ですが、三角点標識の設置された山では天保山(4,53m)が最低です。因みに、天保山から徒歩20kmの大阪府堺市大浜公園には一等三角点を有する日本最低の山「蘇鉄山(7m)」があり(注・天保山は二等三角点の山)この両山を結ぶ「日本サイテーの縦走コース」を謳って某会が登山者を募ったところ、1000名もの参加者があり、平坦な市街地を山男山女が列をなした。あんたら、え~かげんにしいや、もう・・。

        <浜の真砂は尽きるとも 世にイチビリのネタは尽きまじ>

 

 

仙台市の日本一低い山「日和山」 標高3m