坂口安吾「桜の森の満開の下」を読む

 平成生まれの人は坂口安吾なんて知らないでせう。昭和20年代の人気作家です。何十年か前に著者のヒット作「堕落論」を読んだことがある。敗戦後の国民総茫然自失の時期にしょーもない忠君愛国思想を捨てよと明快に述べた評論でベストセラーになった。この論を戦時中に公表したら国賊としてタイホ投獄必然でありませう。


 今回読んだのは短編小説集で表題の「桜の森の・・」は芥川龍之介の寓話、例えば「羅生門」を十倍くらい残酷物語にしたような物語。著者の意図が那辺にあるのか凡人には測りかねる。男女ペアの和製ドラキュラ(吸血鬼)がいて夜な夜な都で人を殺しては・・。


 「二流の人」は戦国武将、黒田如水(官兵衛)の生き方を描いている。どちらかといえば肯定的に描かれる人物ですが、著者は基本的に嫌悪感を抱いてるみたいで、如水の軍師としての才能を認めつつ、所詮、二流の人物だったと締めくくる。その語り口がまるで講談を聞いてるようで言いたいことがいっぱいありすぎて言葉が追いつかないといった感じ。


 如水のような戦争大好き人間は平和で安定した世間では存在感がなくなってしまうので、戦乱が一段落するとニセ情報や讒言によって争いのネタを作らねばならない。もめ事が起きれば待ってましたと調停役やそそのかし役で登場するわけだ。戦国時代のワンマンビジネス、ベンチャー企業みたいな存在でありますが、リスク=死、というところがヤバイ。


 信長、秀吉、家康、という天下取り三人に仕えたのだから戦略家として有能であったこと確かでありませうが、だからといって三人が彼を全面的に信用していたわけでもなさそうだ。特に、家康は如水の本心を見抜いて彼の「ええとこ取り」をした。うんと悪くいえば如水は便利屋。いや、それは言い過ぎだろうと如水ファンは怒りそうですが、これは坂口安吾センセの見立てですからね。(1989年 講談社発行)

 

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