林 真理子「本を読む女」を読む

 著者の母親の生涯を小説仕立てで書く・・作家ってなんと因果な職業でありませう。ドキュメントではなく小説ですよ。ようするにたくさん売るために話を盛ったり、削ったり、誇張したりと加工する必要があります。それなのに事実を歪めることはできない。なんともしんどい仕事ではありませんか。


でも、そんなの余計な心配で林センセは実母、万亀の生涯をスイスイよどみなく描き、時代背景の描写も不自然なところはない。さすがですねえ。
 但し、小説とは言え、母以外の実在の親族や故郷の教師などもたくさん登場するのだから批判や好き嫌いをあからさまに書くともめ事が起きかねない。そこんところはかなり気配りを要したと思います。それにしても・・よくこんな「小説」を書いたもんだと感心しました。


読み終わって一番印象に残ったのは、母、万亀と娘、真理子の生きた時代環境の違いです。大正時代に生まれ、昭和の戦争を含む最悪時代を過ごした万亀と昭和の戦後に生まれ、平和で豊かな時代を生きた真理子の天地ほどの差がある時代、社会環境の差の大きさです。僭越ながら、戦前(1939)生まれの dameo は少ないながら両方の記憶、つまり、飢餓体験があるので万亀の苦痛、苦労はそれがゼロの著者、林真理子センセよりリアルに思い描けます。有り体にいえば、林真理子の苦労なんて学生時代から作家デビューまでの数年間の貧乏暮らしだけ。以後はルンルン経由、文壇ナンバーワンの大富豪人生を歩んでいる。


終戦後の混乱社会を描くなかで「リーダース・ダイジェスト」というアメリカの雑紙が出てきます。いや、もう・・なんと懐かしい名前でありませう。自分もこれを1年ぶんくらい読んだからです。戦後、数年も経たないうちに米国の雑紙が和訳されて書店に並ぶなんてすごいカルチャーショックでした。中身はどうでも良いような米国人の暮らし向きを伝えるだけのしょぼい内容なのに、みんな貪るように読んでアメリカ文化を吸収した。


しかし、後年怪しんだのは、この雑紙はGHQの計らいで米国文化を日本人に擦り込むためのツールにしたのではないか、ということです。かといって、政治の話など皆目ない(と記憶している)ので一番ソフトな洗脳工作かもしれない。
 この雑紙、今でもあるんかい?と思ってぐぐってみたら、ありました。英文のアジア版です。定期購読は一冊443円ととても安い。
https://www.fujisan.co.jp/product/1281682957/next/
「TIME」などと同様、ずいぶん歴史ある紙の雑紙です。懐かしい。


さて、小説の最後はどのように描かれるのか。万亀は家にある煙草などを都心の駅に担いで行く「売り食い生活」の身。得た金で駄菓子などを仕入れて自宅で売る。ある日、雑誌を仕入れて売ったらよく売れた。その流れで最新の小説を仕入れた。それが発行されたばかりの太宰治の「斜陽」だった。帰りの汽車を待つあいだ、売り物の新刊本をそっと開く。ついつい読みふけってしまうなかで主人公の生き方に共感し、希望を見いだす・・・。あの、これ、小説ですからね。収まりよく書いてあります。(1993年 新潮社発行)