河村俊宏「あるBARのエッセイ」を読む

 昭和36年生まれの著者は神戸で居酒屋を経営していたが、阪神大震災で店が焼失し、これを機にバー経営に転向した。なぜバーに?の理由が語られていないけど、居酒屋とは似て非なる業態だから、苦労も多かっただろうと察します。こういう転向は、はじめからオーセンティックなバーを経営しているマスターから見れば「ぱちもん(二流)とちゃうか?」の目で見られるかもしれない。


常に不思議に思うのは、世間には無数といえるほどの酒場があり、酒飲みがいるのに、行きつけの店をもってる人は意外に少ないこと。毎日のように酒場へ行く人でも、店が白木屋とかチェーン店だったら「行きつけの店」とは言えない。単に、安いから、便利だから行く店に過ぎない。最低限、店主と客が互いに顔と名前を認識していることが「行きつけの店」の条件になる。本書にはそんな常連客の面々が仮名でたくさん登場して、酔態を大げさに書かれた人は迷惑と思うかもしれないが、ま、そこはカンニンしてや、ということで・・。


多様な酒場のなかで、店主(マスター)のキャラクターによって客筋が決まるのがバーだと言えませうか。客は好みで店を選んだつもりであるが、マスターも客を選んでいる。さらに、客が客を選ぶという三角関係によって店のキャラクター(評価)が定まる。文字で書けば理屈っぽいが、実際はビミョーな人間関係の積み重ねで成立、維持される。このアヤが面白い。円満な人付き合いが出来ない人やデリカシーに欠ける人はいつのまにか排除されている。酒場で嫌われる客は職場でも家庭でも嫌われる人物だといって間違いない。


本書にもたくさん登場するが、近年はバーでも女性の一人客が増えた。初回はかなり勇気がいると思うけど、今はネットなどである程度情報が仕入れられるので昔ほど敷居は高くない。30~50歳代で、一目で管理職、オーナーと分かる雰囲気をもってる人もいる。職場や仕事とプッツンして、一人静かに過ごしたいとき、バーは安息の場所になる。居酒屋やカフェにない静かさや暗さも必要であります。(2004年12月 文芸社発行)

著者は、現在、神戸市中央区でバー「Haccho」を経営。
  https://barhaccho.com