有島武郎「生まれ出づる悩み」ほかを読む

 恥ずかしながら、有島武郎の作品を読んだことがないので、まず首記の作品を読む。先に読んだ泉鏡花よりずっと後の世代で、性格も作品世界もまったく異なり、有島センセはまじめの上にクソを乗せたようなタイプ。常に自分は一流の芸術家たり得るのか、と悩んだ末、45歳で自殺してしまった。ちゃらんぽらんじゃいけないが、完全主義もまた辛い。生活の心配=お金の心配なんか全然ない恵まれた境遇にあっても、悩みは次々湧き出でる。まあ、因果な職業であります。


本作は実在の人物(漁師から画家になる木田金次郎)との交流を描いたもので、半ばドキュメントでありますが、著者は彼を応援する立場で彼の厳しい生活ぶりを描写する。北海道、岩内という小さな漁村の暮らしと漁労の様子を、著者本人は経験していないのに物凄くリアルに書く。小説家たるもの、これほど想像力がないと一流に非ず、といわんばかりの熱気に満ちた文章です。

 

また、なんとかして木田を画家にしてやりたいと精神的支柱の役目もする。同情、友情、応援の気概が伝わります。おかげで、漁師の木田は晩年になってプロの画家に転向できた。作家が素人の絵描きを応援してプロの画家を生むなんて極めて珍しい例でせう。これによって著者も名作をものにした。


有島の父は高級官僚で権益を使って私財を築く。子供が成人になるころには北海道ニセコで450㏊という広大な農場のオーナーになった。皇居や大阪城公園の4倍の広さです。しっかり仕事して、ガッチリ稼ぐタイプの父親でしたが、なんとしたことか、息子たちはみんな軟派。長男、武郎は小説家、次男も作家、里見弴で活躍。武郎の長男は森雅之という俳優になった。父からみれば、みんな裏切り者になったわけだ。おまけに、有島武郎は自分が「金持ち」であることに終生、後ろめたさを感じていた。


一房の葡萄」は子供の目線で書いた童話の趣の小品。「小さき者へ」は自分の三人の息子(年子である)あてに父親の心情を綴ったエッセイふうの作品で、日本人としては珍しい。作家といえど、ふつうは「照れ」で書きにくいテーマでありませう。同じことを素人が書けるか、というと、なかなか難しい。読んで清々しい気分になる作品です。


かくもすてきな子供たちへの愛情に満ちた文を遺して、著者は雑誌「婦人公論」編集部員だった波多野秋子と別荘で首つり自殺する。(武郎の妻は27歳で病死していて武郎が子育てをした)本人は「苦悩に満ちた人生」という認識だったかもしれないが、もう少しゆるく生きてたくさん作品を書いてほしかった、というのが世間の見方ではなかったでせうか。(2009年 集英社文庫・2011年 角川春樹事務所発行)


ニセコにある有島武郎記念館と羊蹄山

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