はじめて出会ったフランス装本

f:id:kaidou1200:20210805212200j:plain

 

 古本屋の100円均一本ワゴンで有島武郎の「生れ出る悩み」を見つけ、中身を確かめずに買って帰宅、本を開くと・・アリャ、ページが開かない。つまり未断裁本(三方アンカット版ともいうらしい)でした。復刻版であることは表紙を見て分かっていましたが、中身をよく見ると文字も昔の活版印刷です。つまり、1918年(大正7年)に発行された初版本をリアルに再現(複刻)した本でした。もう100年以上前の発行になります。(復刻版の発行は2002年)


そうだったのか・・100円で良い本に出会ったと喜んだのですが、未断裁も複刻なのか?もしや、単純に製本のミスではないのか?。いまどき、全193ページをいちいちナイフで切り開くなんて無茶面倒くさいから現代人にはウケない。出版社に苦情多々が想像されます。製本書の作業ミスかもしれないと思いました。


どちらにせよ、読むにはナイフが必要です。それは納得するとして、未断裁がリアル複刻なのか、製本所のミスなのか気になるので奥付を見て編集者である日本近代文学館(東京都・駒場)に手紙で問い合わせました。(閑人やなあ)


数日後に返事が届きました。そこには「当館が監修する複刻本は出版当時の原本をそのまま再現することをコンセプトにしています。本書も原本通り、三方アンカットの仕様にて複刻しました。フランス装とも呼ばれるこの装幀はペーパーナイフで切り開く、その音をも一緒に楽しめる優雅な読書スタイルを提供するもので、当時の流行となっていました」と説明されていました。


ナイフで切り開くのが面倒くさいどころか、当時の読書人は買ったばかりの新しい本を一ページずつペーパーナイフで切り開く、その作業を楽しんでいたのです。かつ、ペーパーナイフだから切るときには「ざりざり」と音がする。新しい本を読む前の期待感に満ちたセレモニーなのでありました。(オルファとか、カッターナイフは切れ味が良すぎて音がしない)


嗚呼、自分はなんとガサツな人間であったのか・・。いたくハンセーしたのであります。もし、この本に出会わなければ一生フランス装本を知らないで終わったかもしれず、百年前の出版事情なんか知ったこっちゃない、で済んだと思います。紙の本の文化は奥行きが深い。


夏目漱石は1916年、森鴎外は1922年、有島武郎は1923年に亡くなっているので、当時の文豪の作品の多くは「フランス装」で出版されたと思われます。(性能の良い裁断機が無かった事情もある)
 漱石や鴎外の新刊本が出ると読者は待ってましたと購入し、みなさんザリザリとナイフを入れる。そんな光景が想像できます。百円の古本で大正文化の一端を知ることができました。