岩瀬達哉 「パナソニック人事抗争史」

 世に伝わる「経営の神さま」といえば、まずは松下幸之助を想像する。これに文句を言う人はいないけれど、神さま幸之助の次の社長は神さまではなく、さらに次の社長・・となるとレベルダウン著しく、要するにタダのヒトしか現れなかった。初代が神さまに祀り挙げられると次世代以後の社長さんたちはどれだけ苦労するか、を記録した本です。
 念のために、<松下幸之助 祭神>で入力すると・・わっ・・本当に神さまになっていました。三重県鈴鹿市椿大神社(つばきおおかみやしろ)の末社に祀られています。


まだ存命している元社長さんもいるかもしれないのに?、よくもこんなに悪口書けたもんだと心配してしまいますが、名誉毀損とか、クレームがつかないのは内容が間違っていないということですか。


松下電器歴代社長
     01代 1935年-1961年 松下幸之助
  02代 1961年-1977年 松下正治
  03代 1977年-1986年 山下俊彦
  04代 1986年-1993年 谷井昭雄
  05代 1993年-2000年 森下洋一
  06代 2000年-2006年 中村邦夫
  07代 2006年-2008年 大坪文雄
パナソニック社長)
  07代 2008年-2012年 大坪文雄
  08代 2012年-2021年 津賀一宏
  09代 2021年-     楠見雄規


本家以外で一番有能だったのは三代目の山下俊彦。本書でボロクソに描かれてる気の毒な社長は四代目の谷井さんと五代目の森下さん。7代目の大坪社長時代に社名が「パナソニック」に変わったけれど人事や業績の面で飛躍的に変化したわけでもない、というところが世間の評価でせう。


幸之助が山下俊彦を抜擢したのは◎だったけど、以後のトップ人事は失敗の連続だったというのが本書の言い分。日本を代表する大企業なのに内部は情実人事の連続だった。カンタンにいえば、人選は有能か無能か、ではなく好きか嫌いか、で決まった感がある。加えて、幸之助の女婿、松下正治と重役連中との軋轢があり、さらに、正治の息子、松下正幸の処遇の問題もあって、皆さんは気苦労の山のなかで仕事した。社長の座を降りてやりがいや充実感を十分覚えた人は皆無ではと想像します。


神さま、幸之助は身内の松下正治が嫌いだった(有能と評価出来なかった)ことが不幸のはじまりで、正治の次に山下俊彦をを選んだのは「ショック療法」の意味があったと思います。山下社長が就任したときは大ニュースになったことを覚えています。席次ビリの山下サンが重役22人を飛び越えて社長になったのだから世間はビックリした。就任後も人柄や仕事ぶりが大企業のイメージにそぐわないのでニュースになりました。
 いや、ようやるなあ・・と驚いたのは、午後5時の終業時刻になると、さっさと帰宅する習慣?をつくったことで、取り巻きのスタッフは「帰るな」ともいえず困惑した。(幸之助はこれを咎めなかったらしい)かくして、歴代社長で唯一の「変人」のレッテルを貼られたけれど、追い抜かれた凡人重役たちにとっては「良い見本」になるはずがない。四代目からは情実人事が続いた。


テレビがブラウン管から液晶パネルへ移行する時代に、松下は「プラズマ」にこだわって4000億円もの投資をして量産体制をとったが市場はすでに液晶
が占拠しており、完全な敗北で撤退を余儀なくされた。この時点あたりからパナソニックは「エクセレント・カンパニー」のイメージを失った感がある。(2016年 講談社発行)