佐藤 優「危ない読書」 ~教養の幅を広げる<悪書>のすすめ~

 久しぶりに佐藤センセの本を読みました。手にした人の気をひく書名でありますが、著者、出版社の企画ネタ切れ感がしないでもない。
 紹介された本はヒトラーの「わが闘争」文部省教学局の「国体の本義」クラウゼヴィッツ戦争論」 倉橋由美子パルタイ」 D・トランプ「トランプ自伝」など20冊。堅苦しい本の紹介、参考書だと思えば気楽に読めます。


いちばん興味をもって読んだのは井口俊英「告白」です。なにそれ?って感じですが、臨時雇いの銀行員が、たった一人で大銀行をぶっ壊してしまった空前絶後の金融醜聞事件「大和銀行破綻」のドキュメントだから。これに興味をもって・・というのは自分が大和銀行の通帳をもっていたからというしょーもない理由でしかないけど、事件当時は新聞記事を丹念に読んだものでした。
 いま、りそな銀行に口座を設けている人の何割がこの事件を知ってるでせうか。大和銀行の破綻が1995年だから、50歳未満の人の半分くらいは事件を知らないのではと思います。


米国で暮らしていた井口は大和銀行ニューヨーク支店で嘱託行員で採用される。1983年、債券の運用で5万ドルの赤字を出し、これが上司に知られると再雇用してもらえないかもという心配から赤字を隠蔽した。これが発端で隠蔽をくり返し、損害は雪だるま式に増えた。なのに毎年の内部監査でバレなかった。
 信じがたいけど、このインチキは12年間バレなかった。そして、最初の5万ドルの損失は11億ドル(約1000億円)に膨れあがっていた。


いよいよ切羽詰まって井口は頭取に手紙を書く。書名の「告白」はそのことである。大企業で末端の社員がトップに手紙を出すだけでもトンデモ事案だけど、直属上司に告白するよりは余ほどベターな判断でせう。
 告白された頭取や幹部は天地がひっくり返るくらい驚いた。で、どうしたのか。大和の対応は「とことん隠蔽する」だった。大和銀行に限らず、金融業界で一番ダメなのはこの隠蔽体質だと思う。しかし、アメリカではそれが通じなかった。当たり前や!!


事実を知ったFRB大和銀行に米国からの退場を命じた。捜査当局は大和銀行に対して米国の犯罪史上最高の罰金刑340億円を課した。当人はむろん、ムショ入りの身となった。(出所後、帰国し、68歳で亡くなった)
 この大事件で大和銀行は破綻したのか。しませんでした。政府、財界、業界、侃々諤々の論争があったにせよ、存続を選んだ。その内実は未だに不明でありますが、大和救済のために1兆円?の国費が使われたという話もある。(不詳)この場に及んでも日本的「隠蔽体質」は温存された。いま、当時の関係者は次ぎ次ぎ亡くなっているので隠蔽は成功したといえる。


何の因果か、本書の著者、佐藤センセは井口の「告白」を獄中で読んだと書いてある。自著「国家の罠」執筆の参考資料として取り寄せ、ムショで読んだ。
だから・・というのでもないけど、佐藤センセは井口にたいしては憎悪や糾弾の感情が薄い感じがする。(2021年 SBクリエイティブ発行)

~参考~
大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件

*********************************

2月12日の産経朝刊に著者、佐藤優センセが記事を寄稿し、冒頭に最近は自ら「病気のデパート」になったと嘆くほど健康を害していて只今も入院中と述べています。腎臓病、心臓病、前立腺全摘、など患った末、今は<菌血症>。放置すれば敗血症に至るというから深刻です。がんばりすぎて寿命を縮めた立花隆センセと似ているのが心配。今回の寄稿記事も病床で書いたそうだけど、いっそ、執筆を断って治療に専念してはと案じるのですが<書きたい病>という病を治すクスリはないらしい。