<続> 日高義樹「アメリカが日本に<昭和憲法>を与えた真相」

~その2~

147~149ページに興味深い対談文がある。
日高・・・要するに、国会議員のほとんど全員が憲法改正に賛成、軍事力の放棄にも反対はしなかった。

ビクター・ウイリアム・・・その通りです。憲法の改正は国会議員の間では極めて好評で、ほとんど全員が賛成しました。共産党だけが反対した。8人の議員が新しい憲法に反対しました。

日高・・・憲法草案のうち、国会議員が最も熱狂的に受け入れたのは?

イリアム・・・象徴天皇でした。そして国家主権を国会に与えることも大歓迎されました。衆議院ではほとんど全員が憲法の草案に賛成したが、貴族院が反対したため、両院の審議会が開かれることになりました。(注)貴族院=現在の参議院

日高・・・憲法第九条も歓迎されたのですね。

イリアム・・・その通りです。共産党を除いて全員が賛成した。
(引用ここまで)

第九条を含む新しい憲法の草案に対して共産党だけが反対した。そんなアホな、という気がします。錦の御旗のように大事にしている平和憲法を当時の共産党は否定した。ま、今の日本共産党に言わせれば「あの当時の共産党はアカン共産党だった」と弁解するでせう。暴力革命を是とする思想の古い共産党といっしょにされたら迷惑だと。


かくして、新しい憲法のもとで日本は生まれ変わった。めでたし、めでたし・・と安堵したのもつかの間、たちまち、日本もアメリカも軍事的脅威にさらされることになる。ソ連や中国という共産党の勢いが増し、日本を呑み込んで共産党国家に、という野心が露骨になる。なんか、ヤバイな、と心配する矢先に朝鮮戦争勃発。ついこのあいだ「日本には二度と軍事力を持たせない」と言っていたアメリカから「武器は貸したるさかい、はよ軍隊(自衛隊)作らんかい」と矢の催促。な、なに考えてまんねん、アメリカって、先見の明、ぜんぜんありませんがな。その上、平和憲法生みの親、マッカーサーは上司(大統領)と喧嘩してクビになった。日本ともプッツンしてしまいました。


著者、日高氏は憲法改正を是とする立場で本書を書いている。安保条約や日米同盟の重要さも説くが、今後のアメリカに対する信頼感は薄い。アメリカの衰退が止まらず、中国の脅威がますます大きくなる状況において、日米安保条約が日本の安全を担保するなんて、もう考えないほうがよいと言う。

 アメリカ国防総省幹部が繰り返し著者に述べた言葉を紹介すれば、尖閣諸島問題について「アメリカの海兵隊が日本の自衛隊といっしょに戦って日本の領土を守るということは考えていない。尖閣で地上戦闘があれば、日本だけで戦う必要がある」(247頁)

 アメリカが守りたいのは周辺海域の自由航行権であって尖閣の島ではない。島自体を守るのは自衛隊のお仕事、と割り切っている。日本側がどう考えようと、事実上の安保条約の形骸化が進んでる。
  まして、今の弱腰オバマ大統領が尖閣というちっぽけな島の防衛のために米軍を出動させるなんてありえない。こんな超ローカルなところで米中全面衝突なんて、考えたくもないだろう。(実際に何が起きるかは不明でありますが)


あらためて憲法全文と日米安保条約の条文を読んでみました。

憲法第九条】
戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


この文章には書かれていないが、自衛権の保持は認められている。マッカーサーは、これも認めない意向だったが、日米の交渉の末、了解された。


竹島問題や尖閣諸島問題など、現実の脅威が増してくるほど護憲論は政治思想というより信仰に近づいている。福島瑞穂が街頭演説などで訴えていた典型的なフレーズは「こんな立派な憲法をもつ日本に攻め込んでくる外国があるはずがない。現に60年以上、平和が守れたではないか」でありました。これって「神が私たちを見捨てるはずがない」という身勝手な願望、思い込みと変わらない。

 60年以上、平和が守られた、という実績を言うなら、しかし、平和を守るのに、自衛隊の必要は全くなかったと言わなければ、ええとこ取り、安直なご都合主義ではないか。
 論理的な説得力を失ったら、精神論や感情に訴えるしかない。行き着くところ信仰である。さしづめ「護憲教」「護憲原理主義」でありませうか。困ったあげくに「国連」なんかを持ち出すようでは、もう精神年齢12歳未満だ。(2013年7月 PHP研究所発行)