大石英司「尖閣喪失」を読む

(注)本書は2013年(米国はオバマ大統領時代)に発行されたものです。

 題名の通り、尖閣諸島を中国に奪い取られる話。そんなの、あり得ない? いや、あり得る、と仮定して描いた政治小説であります。フィクションではあるけど、ちゃらちゃらした話では読者に途中でポイされるから、とことん現実の政治、現在の政治情勢を取り込んで「あり得る」話に仕立てています。


ある日、中国は50隻の漁船に兵士を乗せて尖閣の島に押し寄せ、上陸を強行する。国旗を立て、尖閣奪還を宣言する。この事態を「そんなのあり得ない」と思う人と「あり得る」と思う人の比率、どれくらいでせうか。現在では半分ずつくらいかもしれません。


ある日、とはいつか。日本の政権が交代する日、選挙の明くる日です。この権力機構が交代する空白の時間を狙って中国軍は尖閣へ突進する。日本側は前総理が対処するのか、新総理が対処するのか。本作では、外交、防衛問題に通じている新総理が指揮するが、なにせ組閣の最中だから防衛大臣不在というピンチに陥る。


しかし、政権交代に関係なく、海保と自衛隊は中国の動向を詳細に把握し、軍事対決も辞さずと防衛の準備をしていた。その丁々発止の情報戦の描写が本書400頁の大半を占める。軍事に関わる専門用語がいっぱい出てきて,この方面に無知な人には読みづらいはず。


いきさつは全部パスして、結末は日本の負けであります。尖閣の島々は奪い取られ、まず,永久に取り戻せない。領土だけでなく、膨大な海底の資源もすべて奪われた。さらに、中国本土では修学旅行生が拘束、人質になる。理由は「麻薬所持」容疑だ。


敗北の最大の理由は何か。アメリカが安保条約・日米同盟に係わる義務を放棄して中国側に寝返ったからである。米国大統領は、日本のちっぽけな島を守るより、中国との通商による権益のほうがはるかに大きいと判断した。その下敷きには中国が有する莫大な米国債を売り浴びせるという、中国の脅迫もあった。米中双方が自国の国益を最大にするためには、日本への義理など小さい問題だった。


本書では石橋と名付けられている新総理はナイという駐日米国大使を官邸に呼びつける。(以下、362頁の引用)

「ナイさん、一度失った領土は二度と戻ってこない。子供でもわかる理屈だ」石橋は90度椅子を回転させ、テーブルに片肘をついた。
「大統領に伝えたまえ。日米安保を履行できないというのなら、普天間は還してもらう。嘉手納、横田もだ。厚木からも横須賀からも出ていってもらう。我々は核拡散防止条約を脱退し、核武装し、自主防衛の道を歩む、と。さあ、君も出て行ってくれ!」


石橋は顔を背けたまま、肘をついた右手を払ってみせた。
「畏まりました。お言葉は間違いなく大統領に伝えます。自分は今後とも、日米安保が履行されるよう最善を尽くします」
「ああ、そのほうがいいと思うよ。でないと、米国と軍事同盟を結ぶ、あんな国やこんな国が、いざとなってもアメリカは守ってくれないと離反し、ひいてはアメリカの威信低下に拍車をかけることになるからな」(以下略)


この小説ではなく、現実のアメリカも政治は内向きになり、いまや「世界の警察官」のイメージはない。大統領や政府だけでなく、米国世論も海外への「戦争の出前」には拒否感が高まっている。尖閣防衛のために第七艦隊を出動させることを世論が支持するのか、いささか怪しい。アメリカの威信低下、弱体化はもう常識だとわきまえたほうが良い。


では、国は誰が守るのか。無抵抗で中国に呑み込まれてもヨシとするのか。そんな人はいないと思うけど、そこは護憲論者に聞いてみたいですね。彼らの口癖はいまだに「こんなに素晴らしい平和憲法を有する日本に攻め込んでくる国はあり得ない」(福島瑞穂)であります。攻めてくる国がないのだから、守るための武力を持つ必要も無い、というのが護憲派の論理です。この底抜けの幼稚さがうらやましい(笑)(2013年6月 中央公論社発行)

 

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