遠藤功「新幹線 お掃除の天使たち」を読む

 この本の主役、新幹線車両の清掃チームの仕事ぶりが、ハーバードビジネススクール(HBS)の教材に使われているそうです。いや、すごいですね。「清掃員」のイメージからはあり得ないモテようです。ほんの10年くらい前までは、きつい、汚い、危険、の3K労働で、頻繁な募集と退職のくり返しでようやく人員をそろえたという職場が、今や「感動ビジネス」「お掃除の天使」なんて賞賛される職業になっています。


生活の糧を得るためのしんどい仕事だったのに「自己実現の場」なんちゃって、最高のほめ言葉で讃えられる。むろん、魔法のようなすごワザがあったのではなく、経営者と従業員の試行錯誤をくり返しながらの地味な努力の成果です。本書を読むと、こういう努力と成果は、中国人やラテン系の民族では難しいのではと思われます。


たかが掃除。しかし、清掃員個人の意欲と責任感とチームワークが100%発揮されないと達成できない。「労働と対価」の一般概念だけでは無理な発想と実践の積み重ねです。この、従来の西洋的労働、雇用の概念から外れた仕事ぶりがHBSの目にとまった。学生の大半が欧米人だったら、彼らはシッカリ理解してくれるだろうか。やや懸念があります。


いくら世間で誉めてくれても、現実の仕事が、きつい、汚い・・ことに変わりは無い。一人で、たった七分間で100席の車両をきれいに清掃して乗客を迎えなければならない。よって、研修では一つの作業は秒単位で計測して「早く、きれいに」を身につける。


但し、トイレの清掃は専門の担当者が行う。これは技術と経験、さらに勇気?もいるから新米にはできない。排水が詰まって汚物があふれそうになってる場面や、なぜか、男性用小便器にウンコがてんこ盛り、の緊急事態もある。どうするか。道具ではラチがあかないと判断したら、ポリ袋を二重にして腕に巻いて手で・・。感動ビジネスの現場は、尋常でない責任感とモチベーションを要求される。


掃除のプロだから、完璧な掃除をして終わり、ではないところが彼らの魅力。列車の到着時はホームに整列して乗客を迎える。しょせん掃除人のつもりで作業を見ていた外国人は、彼らがお迎えとお見送りまですることに驚く。労働と対価の概念ではありえないサービスです。


目や耳の不自由な人のサポート、田舎から出て来てうろたえている老人の案内といった仕事外のサービスも上司からの指示でやるのではなく、自発的に行う。そういうささいなことを記録し、ミーティングで伝えて情報と経験の共有をはかる。これがまた別の「気づき」のもとになって、よりきめの細かいサービスを生むことになる。


ちなみに、この「お掃除の天使たち」が活躍するのは東京駅だけで、他の終着駅では停車時間にゆとりがあったり、新大阪駅などは線路構造が違っていたりして、モーレツ掃除場面は見られない。東京駅の線路容量のゆとりの無さが生んだ「お掃除の天使たち」です。何が幸いするか、わかりません。(2012年8月 あさ出版発行)

 

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