川口マーン恵美   「そしてドイツは理想を見失った」を読む

 著者は本来ピアニストとしてドイツ暮らしをしていたのに、なぜか政治に興味をもち、というか、ドイツ人の思想や民族性への関心が高く、それも共感ではなく,批判的な見地で語るのが得意のようであります。本書も基本はメルケル政権に対する疑問や批判でスジを通している。ドイツの政界はゴタゴタしていると言う点では日本以上の混迷ぶりで、本書を読む限り、政権運営でドイツから学ぶべきことはあまりなさそうであります。むしろ、メルケルおばさんの苦労ぶりに少し同情の気持ちも湧きます。


ドイツ政府が抱える難儀な問題四つ
・難民問題
・EU内部のゴタゴタ
・エネルギー問題
・貧富の格差問題 言論統制の問題


五年前、各地からドイツを目指して大量の難民が押し寄せたときのメルケルの対応ぶりは高く評価された。困った人たちは全部受け入れるという超寛容な、人道主義の鑑みたいな態度だった。しかし、そんなの長く続くはずがない。ドイツは長年、外国人労働者を大量に受け入れてきたが、初期はともかく、現在求めている外国人の人材は知的レベルの高いエンジニア等であり、家政婦や工場労働者レベルの人材ではない。そういうレベルの難民が押し寄せても、もう受け入れる余地はなくなっている。


かくして、難民受け入れ反対派が国民の支持を得て議席を増やしてくる。日本に於ける「安倍一強」みたいに強かったメルケル政権も次第に力を失い、不本意な妥協を余儀なくされる。国内だけでなく、周辺国もドイツの難民策に対して露骨に異論を唱えだした。この間までドイツの幇間みたいだったフランスはマクロン大統領が登場して「うちの政策で対応する」と言いだし、地味で従順なオーストリアには31歳、世界最年少のクルツ首相が難民に厳しい政策を掲げて当選した。今後、メルケルの舵取りは難しくなる一方だ。


EUの成立を人類の理想の一つが実現したと手放しで賞賛する世間知らずがたくさんいるけど、発足以来、ドイツが一人勝ちしている状態では「みんな平等で仲よし」であるはずがない。日本に置き換えれば、ドイツが東京都、フランスが埼玉県、ベルギー、オランダが千葉県・・みたいな感じで、上下の格差がハッキリしている。この格差はEUが亡くなるまで消えない。


のみならず、EUの発展ぶりを見て「後出し」で新たに加わったポーランドチェコハンガリーなどは、はっきり言ってEUの「ええとこ取り」が目当てで、美味しいところは取り込むが、面倒な義務は負いたくないという態度が見え見え。難民問題についても、はじめに損得勘定ありきが政府のスタンスになっている。こんな国を仲間として説得しなければならないのだから、メルケルおばさんも苦労します。


ドイツは、少なくとも日本よりは成熟した民主主義の国というのも常識?になっているが、本当か。シモジモの民まで議論好きという点は学びたいが、ドイツ人らしい「理想を掲げ、実現に向かって邁進する」国民性はときに理想と現実のアンビヴァレンツに悩むことにもなる。そのサンプルが原発廃止、自然エネルギー推進政策の矛盾であります。


これに関しては過去に書いたので省略するが、福島原発事故をうけて、ドイツ国内の原発は即時廃止せよの過激な世論が生まれたあと、案の定、期限付きで廃止というゆるい施策を余儀なくされ、未だに議論が続く。自然エネルギー発電には,バックアップ用に石油か石炭による同量の発電が必要だが、これが環境汚染のモトになるという因果な事態が解決できない。あちら立てれば、こちらが立たず、であります。ただ、日本に比べてドイツが有利な点は、電力不足が起きたら周辺諸国から簡単に買えるということ。島国の日本でこれは出来ない。


格差問題や言論問題に関しては日本と同じような悩みを抱えている。しかし、問題の複雑さという点では多民族を抱えるドイツのほうが深刻であります。何度も書いてきたけど、単民族、島国という日本の国勢はドイツだけでなく、EU諸国民にとって羨望の的でありませう。
 おしまいに、見習いたいことが一つ、ドイツでは得票率が5%以下の政党には議席を与えないというルールがある。これは塵芥的野党を排除するために日本にぜひ取り入れてほしい。(2018年 KADOKAWA 発行)

 

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