柿田睦夫「創価学会の変貌」を読む(2ー1)

 前回に紹介した島田裕巳著「民族化する創価学会」より新しい情報を伝える、これは明快に創価学会を批判する本です。願わくば創価学会の信者さんに読んでほしい本でありますが、まあ、それは叶わないでせう。

 

近づく「Xデー」
 学会の現在の大問題は余命わずかの池田大作名誉会長をどう扱うか、であります。現在は「生き仏」で済むが、亡くなったらどういう存在になるのか。大作を過剰にヨイショしすぎて扱いに困ってるのが実情だ。このため根本の「教義」をあれこれいじって、数年掛けて会則をマイナーチェンジしたけど、どうもしっくりしない。現在の池田大作の呼称は「会長」でも「代表」でもなく「先生」というポピュラーな呼び方になっている。「取り扱いにホトホト困っております」が幹部のホンネでありませう。


創価学会の根本教義は日蓮宗のそれに依存しているが、とっくの昔に喧嘩別れしたことはご存じの通りで、しかし、だからといって全く新しい発想で独自の根本教義を創作したのでもない。基本はやはり日蓮の思想である。憲法問題で言うところの「解釈改憲」に似ているかもしれない。細部をコマゴマいじってなんとかつじつまを合わせようと、しょーもない努力をしている。 来るべき池田大作の「Xデー」はかなり大きなニュースになるので、今は関心のない人もその時点で創価学会の内実を知ることができそうだ。


大作の代作
 ・・って何のこっちゃねん、でありますが、近年の池田「大作」の著作物はほとんどが秘書室スタッフによる「代作」だということです。ご本人は現在93歳で、もうかなり以前に執筆能力を失い、以後は複数の秘書が執筆している。その代表作が「新・人間革命」。1993年からはじまる大長編で内容は代作、いや大作の小説風自叙伝。それが25年続いて2018年、ついに終了した。


他人が代作するだけでも大問題でありますが、驚くべきことに、創価学会では既刊出版物の改編が常習的におこなわれている。こんなのあり得ないはずですが、普通にあり得るのが創価学会です。しかし、信者さんはほぼ100%気づくことがない。(気づいてもクレームをつける人はいない)


前記の池田大作著「新・人間革命」は池田の前代代表、戸田城聖著「人間革命」をなぞる池田の小説風自叙伝で、だから「新・人間革命」という書名になっている。その二代目代表、戸田城聖が書いた「人間革命」第一巻(1965年発行)には日蓮聖人を讃えるこんな文章がある。


 「日蓮大聖人の正法正義は日蓮正宗によって厳然と護持されてきた。大聖人滅六百数十年、どれほど辛い風雪に耐えて来たことであろうか。(略)今日のため、清浄に大法を厳護した僧侶の功績に対し、深く敬意を表したい。代々の御法主の一日として欠かすことのない勤行、広宣流布王仏冥合達成への、これほど清浄にして慈悲に燃えた宗団が、今日、世界の何処にあろうか」


大作による「改作」も行われた
 創価学会の思想の源流、日蓮上人の業績をベタ褒めにしている。ところが、その後、創価学会が勢力を伸ばすにつれ、日蓮宗との間で確執が生まれ、内輪のもめごとでは済まずに世間の誰もが知る醜聞事件になってしまった(現在、60歳未満の人は知らないかも)


そして、二十数年後の第12巻においては、上記の内容は以下のように書き換えられた。「位の権威で創価学会を奴隷のように支配しようとする法主も出てくるかも知れぬ。(略)宗門は正法を滅亡させる元凶となり、天魔の住居とならないとも限らないのだ」


「清浄にして慈悲に燃えた宗団」と讃えた日蓮宗を「天魔の住居」だという。二代目会長、戸田が尊敬のまなざしで書いた日蓮宗を三代目の池田は憎悪の眼で見ている。「人間革命」「新・人間革命」は創価学会出版物のメインになり、世界で数千万部を販売したというが、購入者は信者に限られ、かつ、一人で2~3冊の購入を求められるので、本当にベストセラーと言えるのか怪しい。(続く)