素人にとってもピアノに纏わる話は面白い。当ブログ、8月10日に紹介した小説「羊と鋼の森」もそのひとつだけど「調律」という仕事だけであんなロマンチックな話ができた。本書もピアノのメーカーとピアニスト、その中間で仕事するチューナー(調律師)の話がメインになっている。著者はホール常備のピアノの調律だけでなく、自ら所有するスタインウエイのピアノをピアニストに貸し出すという新しいビジネスのオーナーでもある。
著者が言うに、世界最高のピアノはスタインウエイ、世界最高のピアニストはホロヴィッツ、だという。著者はその最高のスタインウエイのピアノを複数所有している。これを手に入れるまでの苦労話が面白い。
さて、題名の「今のピアノじゃショパンは弾けない」というのは、ピアノの性能が断然良くなったために、作曲家が作曲当時に意図した音楽が表現できないということを指す。この難儀は、協奏曲や室内楽の演奏で顕著にあらわれる。今のピアノは音が大きすぎて他の楽器とのバランスがとれないのであります。
特に室内楽では難儀する。さりとて、フタを閉めて演奏すれば音がモコモコしてかっこつかない。(演奏会での自分の体験を述べると、演奏開始直後は音量のアンバランスが不快だけど、演奏が進むほどバランスがとれた音量に聞こえ、不快感は減ってくる。これは自分の脳が無意識に聴感をコントロールしているためかもしれない)
なぜ、現代のピアノの音がでかくなったのか。ホールが大きくなったためです。19世紀ごろまでは王様や貴族の前で弾くのが仕事だったのに、一般市民のファンが増えた。数百人入るホールで演奏するにはより音の大きいピアノが必要になった。音楽の大衆化がピアノの音をでかくしたのです。大きなホールで大勢の聴衆に聴かせる、という文化をつくったのはアメリカで、その象徴がカーネギーホール。そして、高性能のピアノを開発、提供したのがスタインウエイ。このピアノは今でも圧倒的に支持されていて、ヤマハもプロの評価ではB級に甘んじている。何がどう違うのか、これを説明するには本一冊分の言葉が要る。(2013年 日本経済新聞出版社発行)
<追記> 新しいホールでピアノのお披露目会
2019年9月1日、東大阪市文化創造館オープンの記念に大小ホールで使うピアノのお披露目会がありました。ピアノの選定とテスト演奏は久元祐子さん。なんか聴いたことのある名前やなあ、と思っていたら、神戸市長、久元喜造氏の奥さんでした。市長の奥さんがプロの音楽家というのは珍しい。
試し弾きは誰でも知ってる「トルコ行進曲」など数曲と、モーツアルト「ピアノ協奏曲20番」。オケの代わりにピアノ編曲版を2台のピアノで演奏しました。見た目にはほとんど変わらない三台のピアノが、弾いて見ると、音量や音色でえらい違いがある。ピアノコンクールでスタインウエイがもっともよく選ばれるということがなんとなく納得できるシーンでした。もっとも、ご本人はベーゼンドルファーの愛好家である由。重責を果たしてホッとされたでせう。
3台で6000万円ナリ
久元祐子さんが選んだ3台のピアノ。左2台がスタインウエイ、右がヤマハ。ヤマハは小ホールで使われます。購入費用は3台合計で約6000万円。