なんとも脱力するタイトルであります。表紙の「力」の文字が心なしか細身でヘナヘナ感がする・・のは勘ぐりすぎでせうか。で、ページを開けると最初に「人と会うのはそもそも面倒で、困難なことである」という見出しが・・。
そもそも、著者は人に会って取材し、記事やエッセイを書くことが仕事なのに「会うのが面倒・・」では商売になりません。実際、かなりの人は会合、会食に気後れや苦手意識があるけれど、何十年も経験すればおおかた自然に克服できる。フランクにつきあえる友人が一人もいない人生を想像すると、無理しない程度に「人と会う力」は養っておきたいと言う。教養豊かで円満な性格の持ち主が「誰とも付き合わない」なんてあり得ないと思うのですが。
架空だけど「会いたくない人物」の見本に夏目漱石の「坊ちゃん」を挙げている。これは分かりやすい。わがまま、威張り散らす、マナー最低・・。こんな男と付き合いたい人は皆無のはずですが、そこはブンゴー夏目漱石の腕達者で国民的文学の見本に祭り挙げられた。しかし、いくら善意に考えても坊ちゃんのその後の人生が幸福だったとは思えない。「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」の延長でミジメな人生を送ったのではないか。小説「坊ちゃん」を読んだり、これをネタにした青春ドラマを観て、自分も坊ちゃんみたいな青春時代を送りたいと思うひとがいたら、普通にアホでせう。
居酒屋でどうでもいい世間話に付き合うなら「会う力」など必要ないけれど、もう少し上等の会話を楽しむには会話のクオリティに応じた性格や趣味嗜好が求められます。終わって、楽しかった、満足した、といえる会話や会合ですが、そういう機会は少ない。むしろ、老境に入って好き嫌いがきつくなると会合会食の機会が減ってしまいます。優れた人との出会いの大切さは分かっていても、現実は宝くじ2等賞が当たるくらいに確立が小さい。
それでも幸福な出会いがもたらした成功例の一つとして、花森安治と大橋鎭子の事業成功話を紹介している。二人の出会いと業績は2016年のNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」で放映された。生い立ちも性格もまったく異なる二人が今までに無い雑紙をつくろうという理想を掲げ奮闘する物語で誌名は「暮らしの手帖」。両名とも故人になったけど雑紙は今でも発行されている。
この二人の出会いの場をつくったのが田所太郎という小さい出版社の社長で紆余曲折の末、二人はお茶の水の喫茶店で会い、主に大橋が「こんな雑紙をつくりたい」と理想を延べ、花森がこれを応援するかたちで企画、出版できた。広告をとらない雑紙ということが人気を呼び、最高100万部に達したというから出版史に残る大成功物語です。小さな偶然が重なったような「出会い」が生んだ事業成功物語。そして、相手に対する些細な好き嫌いを乗り越えた信頼と寛容の精神が生んだ良い事業でした。
情報の質量が大きくなりすぎた現代は「人に会う力」より「情報を集める力」が優先され、このような素朴物語は生まれにくい。はじめに計算ありきでモメたら責任のなすりあいが常識になってしまった。それでも、人との出会いを通じて無から有を生むような新しいアイテムが生まれるかもしれず、草葉の陰で期待しています。(2018年 新講社発行)