清水正「つげ義春を読む」を読む

 大人になってから漫画本とは縁が切れてしまった。例外的に愛読したのは東海林さだおのサラリーマンものの週刊誌漫画くらい。ところが、1990年ごろにたまたま図書館の漫画コーナーで「つげ義春全集」と出会い、ぞっこん惚れて何十編もの作品をまとめ読みした。しかし、この全集が発行されたのは1970年代なのですでに本はボロボロにくたびれており、もはや使用に耐えないとされたのか、まもなく棚から消えてしまった。


あれから幾星霜・・つげ義春のファンなんて皆目いないと思います。現在60歳未満の人でつげ作品を読んだことある人、手をあげて、と言ったら、し~~~ん、じゃないですか。嗚呼、時は無情に過ぎゆく、であります。


自分がつげ漫画に惚れたのは、70~90年ごろ、美術で言えば、S・ダリやルネ・マグリットなどシュールレアリズムの作品が好きだったことや、文学で言えば安部公房砂の女」を愛読したときと重なります。要するに、つげ義春のシュールな発想や表現と自分の感性、嗜好が一致したからです。


ということは、普通のマンガのつもりで読むと「これ、なんの話やねん」と放り出してしまう不可解な漫画であります。そもそも漫画って「分かりやすい、面白い」から子供でも読むのに、それを無視している。実際、15歳のガキが読んでもチンプンカンプンでありませう。面白いと評価できたら余程「おませ」な、ヤバイ子供です。


というわけで、つげ義春に比べたら、漫画界の大家といわれた手塚治虫水木しげる赤塚不二夫なんか「凡人」の類いです。傑作と評されても漫画の域を超えなかった。・・と、このように書くと、つげ義春は文学的素養に恵まれたインテリ漫画家のように思ってしまうが、そうでもない、というところがまた難儀でありまして、いや、ホンマ、なんとも評価が難しいのであります。その上、「ねじ式」などのヒットで大金が入ると仕事の意欲をなくしてしまい、怠惰な生活に浸るという難儀なオッサンであります。


わ、本の感想文書くのを忘れてました。本書は「つげワールド」に魅せられた日大の文学部教授がつげ作品に対する蘊蓄や思い入れを、それはもうこまごま、ネチネチと書き連ねた、つげオタク本であります。今までドストエフスキー宮沢賢治研究を主なテーマにしてきたカタブツ?文学者でありますが、なぜかつげ義春ファンになってしまい、本書は318頁に上下二段、ちっちゃい文字でぎゅう詰めにつげ礼賛文を記している。さらに「これでも書き足りない」というのだから、もうエエ加減にしいや、と、いちゃもんつけたくなります。


ともあれ、ヒマつぶし以外に何ほどの役にも立たない凡百漫画に時間を費やしてきた人には異端ともいえるつげ作品をおすすめします。図書館の書架では見つからなければ、カウンターで「書庫保存」があるか尋ねて下さい。(本書も2008年発行なのに、新品状態で書庫保存になっています)
 運良く見つかれば「ねじ式」「ゲンセンカン主人」「大場電気鍍金工業所」「山椒魚」「無能の人」などがおすすめです。


・・・と、すすめておきながら、いや、しかし、作品で描かれた時代(1950~60年頃)の空気を吸っていない人には感覚的に分かり得ないのではという気もします。例えば、つげの上手な作画をもってしても、あの時代の「貧困」は理解できない。例えば、水洗トイレしか知らない人に「雪隠」が日常の暮らしは別世界でせう。

 

ねじ式」の一場面

f:id:kaidou1200:20220408230552j:plain

 

f:id:kaidou1200:20220408230647j:plain

 

f:id:kaidou1200:20220408230852j:plain

 


講談社から新しく全集発行
 2020年から「つげ義春大全」として全22巻、7000頁のボリュウムで発行中です。価格は76890円。(上記のお勧め作品は1969年以後の出版)