もう五回くらい書いたかも知れないが、一般人の理想の人生とは
・ 好きなコトをして
・それでメシが食え
・しかも世間で喜ばれる
という職業人生であります。
そんな理想に近い人生を送っている、と思える人物の一人が糸井重里氏であります。ハタから見るかぎり、上の三条件をほぼ満たしてるのではないでせうか。敵をなぎ倒し、弱者を踏みつけてのしあがった成功者とは違う職業人生をおくってきた。
迂闊にも知らなかったけど、糸井氏が社長を務める「株式会社ほぼ日」は東証ジャスダックに上場したというから、もう外形的にも立派な企業といえる。(2018年現在)「好きなことして」の延長上にあるだけで年商何十億の売上げを達成している。その売上げの大半が「ほぼ日」という日記帳によるもので、「こんな日記帳があればいいな」という趣味嗜好が原点なのだから、凡人のワザではありませんね。(凡人は趣味で終わります)
ちょ、ちょい待ち、その「ほぼ日」ってなんのこっちゃねん。自分と同年輩の方に問われそうなので答えをいうと「ほぼ日刊イトイ新聞」というネット新聞であります。ほぼ日刊というから、ときどき休刊してるのかといえば、20年以上、一度も休みなく発行しているという。ええかげんな題名の割りにはクソまじめな発行態度といえる。
https://www.1101.com/home.html
ここまで前置きが長くなってしまいました。本書は対談形式で糸井氏の経営哲学が語られている。むかし、日本で一番有名なコピーライターであったせいか、内容も表現もとてもユニークであります。会社の経営理念を問われて答えたのが「やさしい・つよい・おもしろい」の三点。大企業ではありえない、ヤワいスローガンです。 本人いわく、本当はこんなスローガンとかつくりたくないけど、会社の姿勢を示す言葉がないのも不具合なので、こんなふうに表現していると。
糸井氏には社員を雇用しているとか支配していると言う感覚はなく、基本は「良い仕事をするための仲間」として付き合ってる。むろん、社員に甘いと言う意味ではない。社長がこんなあんばいだから、一応、組織はあっても上下関係はあいまいだという。クリエイティブな仕事に上意下達は似合わないから自然にそうなるのだろう。社員には居心地のよい会社に思えるけど、当然、日々、同僚や社長に仕事ぶりは評価されており、甘えは許されない。これを考えれば、公務員のように名称や階級で今のポジションがはっきりしているほうが気楽だと思います。
それはともかく、一匹狼的存在での個人ビジネスであるコピーライターから上場企業の経営者へと大成長を望んだ糸井氏のホンネはどこにあるのだろう。社会への貢献や社員の雇用安定など、まっとうな考えを述べているけど、後付けの理屈と思えなくもない。実際には、ご本人は相当悩んだらしい。しっかり考えた上での結論ではあるが「一時、相当、気分が落ち込んだ」と正直に書いてある。今までは社員の面倒を見るだけでよかったけど、上場すれば、出資者や株主の期待に応えるという、経験したことのない責任感がのしかかる。クリエイター糸井氏がはじめて味わう「経営者の孤独」だったかもしれない。
読み終わって感じるところ、この本は糸井氏の今後の経営ビジョンを語るとともに「ホンネはこういうことなんです。分かって下さい」と述べた申し開きの著作ではないか。対談を活字化した本なのに、表現の細部にすごく気をつかっている。なんども校正して齟齬がないように気配りした。何より、書名の「すいません、ほぼ日の経営。」に著者のホンネが表れていると思いました。(対談 川島蓉子 2018年 日経BP社発行)