反田恭平「終止符のない人生」を読む

 万事に保守的な日本の音楽界にようやく革新派が現れた。大歓迎であります。2021年のショパンコンクールで第二位となり(日本人では最高位)一躍スターになった。いま、ピアニストでチケットが即完売になるのはこの人と辻井伸行の二人だけかもしれない。(一昔前はフジコ・ヘミングが良く売れた)


本書を読んで「がんばってや!」と応援したくなるのは従来のピアニストに無い世間を見る目の広さ、上昇志向の強さ、良い意味でのエンタメ(俗物趣味)精神でありませう。亡くなった中村紘子さんだって彼を見たら惚れると思いますよ。サービス精神旺盛なのでもしや関西人なのかと思ったら札幌出身でした。


アーティストは「血筋」の影響が大きいといわれるけれど、彼の場合は関係なしで、子供じぶんの夢はサッカー選手になることだった。ま、フツーの子供の範疇だったけど、ピアノのセンセイは音感の良さや記憶力で音楽の才能アリとみていたらしい。その後、怪我が原因でサッカー選手はあきらめ、趣味でピアノを続けるうちに欲が出てコンクール制覇を目指すようになった。


ショパンコンクールは5年に一度開催され、年令制限は30歳。今回は世界中から502名のエントリーがあった。優勝するためには501名を蹴飛ばさなければならい。はじめにDVDによる審査があり、これで9割くらいが落とされる。次いでワルシャワで1次予選、2次予選、3次予選、でふるい落とされ、最終戦では10人くらいの争いになる。これはフルオーケストラとピアノ協奏曲を演奏する。ものすごいプレッシャーがかかり、メンタルで平常を保つなんてムリ。


栄冠を目指して、全員猛練習の日々を送る。同じ曲を何度も何度も反復し、鍵盤に置く指の位置は1ミリ以下の精度で安定させる・・。ホンマか?。ホンマや、と反田は申しております。かような艱難辛苦を乗り越え、反田恭平は第二位を獲得した。もし、第五位だったら、チケットは半分も売れず、この本の出版もなかった。ポップスと違ってこの世界はレッテルの威光が大であります。


この人の魅力は「ピアニストとして更に研鑽を積む」なんて優等生的は発想に止まらず、音楽界を興隆させるために自分は何ができるかを真剣に考えてることで、まずはクラシック音楽の垣根を低くしようと他業界の研究もしている。例えば「乃木坂46」のコンサートに行って彼女らのサービス精神を学ぶとか。また、指揮者になりたくて、はやばやと小規模オーケストラを編成したり、新しいマネージメントシステムを考えたりと視野が広い。もっとも、ヘタするとミーハーに迎合してファンを失う危険もありますが。


前にも書いたけど、ピアノという身近な楽器の音色の美しさを知る人が少ないのはとても残念です。ほとんどの人は鍵盤を猫が踏んでも名人がタッチしても音は同じだと思ってる。その違いを知るために一生に一度でいいから名人の演奏に触れてほしい。(2022年 幻冬舎発行)