佐藤 優「君たちが知っておくべきこと」を読む

 佐藤優の本は少ししか読んでないからエラソーなことは言えないけど、読んだ著書のなかでは一番面白い本でした。難関高校「灘高」生徒との対話という企画が良い。灘高には以前から同高生徒が社会で活躍している先輩を訪ねて対話、交流するという恒例の行事があり、佐藤センセは灘高出身ではない(埼玉県立浦和高校出身)けど、生徒たちの希望が多く、佐藤センセもこの企画を快諾して実現した。(対話は2013~15年の三回、佐藤氏の仕事場で行われた)


対話といっても、紙数の都合でセンセの話が主になっているのは仕方ないが、生徒たちの反応をみて彼らのアタマの良さに驚く。並の高校生相手ではあり得ないレベルの高いやりとりである。(実は自分のアタマが悪すぎるのかもしれないが) 話題も政治経済はむろん、歴史、数学まで幅広く、佐藤センセの博学ぶりに圧倒されるとともに、生徒たちの博識ぶりにも感心させられます。


たとえば、こんなやりとり・・・56ページ
 某出世頭官僚の著作のミスを指摘する場面。
佐藤・・「15世紀にはスフやサヴォナローラ」ってあるけど、スフって誰?
生徒・・フスのことでしょうか。
佐藤・・おそらくフスの誤記でしょうね。フスはどこの人?
生徒・・フスはチェコです。
佐藤・・サヴォナローラは? これはイタリアだけど。
生徒・・サヴォナローラって確かルネッサンスを弾圧した人じゃないですか。


あるいは、ナショナリズムについての対話・・158ページ。
佐藤・・民族問題について勉強しようと思ったら、ベーシックな本として誰のものを読む?。
生徒・・アントニー・D・スミス、アーネスト・ゲルナーベネディクト・アンダーソン・・。(略)
佐藤・・アンダーソンは民族をどう定義した?
生徒・・民族は想像の共同体、ですか。
佐藤・・うん、想像の政治的共同体ね。これをつくるのに一番重要な役割を果たすのは何だろう。
生徒・・公定ナショナリズムです。
佐藤・・違う。公定ナショナリズムはアンダーソン独自の主張ではない。(略)


あるいは・・・175ページ、留学の話題。
佐藤・・ちなみに、みなさんのなかで留学して哲学をやりたいという人がいても、ケンブリッジやオックスフォードにはたぶん入れてもらえない。なぜかというと、言語哲学が中心になっているから。
生徒・・ウイトゲンシュタインの?
佐藤・・そう、日常言語での分析哲学を重視する後期ウイトゲンシュタイン学派が主流なの(略)


15~18歳でこんな対話ができるってすごいなあと感心するけど、灘高の生徒はこのレベルが普通なんですね。


本書が面白いのは、一般書には書けない裏話や醜聞ネタが出てくるからです。それも大っぴらに書くと告発みたいになるから、ちょびっとだけ書く。橋本龍太郎元首相のセクハラ醜聞なんか、チラと書いて気を持たせる。マスコミでは知り得ない国のトップリーダーの有能無能、人間味を垣間見ることができる。むろん、それは佐藤優というフィルターを通しての姿だから真実かどうかは別問題。鈴木宗男氏との関係もホントのホントはどうなのか分からない。


それはともかく、佐藤センセは三回にわたる灘高生徒との対話は有意義で満足度の高いものだったと「あとがき」でのべています。この生徒たちはすでにエリートとして社会で活動しており、佐藤センセとの出会いが灘高時代のすてきな思い出とこれからの励みになることを草場の陰で祈るものであります。(2016 新潮社発行)

 

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