又吉直樹「劇場」を読む

 芥川賞受賞作「火花」は芸人の話、本書は演劇人(自称、脚本家、演出家)の話。読み始めると「火花」より読みやすくて文章もこなれている。しかし、半ば過ぎて、友人とメールで悪口兼演劇論を交わすあたりから退屈になる。難解な議論をスマホのメールでやりとりするに及んで読者のほとんどはシラけてしまうでせう。しかし、これを省けば安直なラブストーリーになってしまうから外せない。著者の自己満足であります。


ストーリーは、食うや食わずのしがない演劇人の失恋物語。自称、脚本家のくせに彼女との会話に四苦八苦し、結局、振られてしまうのでありますが、そのダメ男ぶりをいかに文学的に表現するか、がキモでせう。主人公がコテコテの大阪弁を通すことでそれなりの情感は醸し出せるのですが、もし標準語に置き換えたら陳腐この上ないメロドラマになること必定であります。又吉さんは標準語での愛の会話は生涯書けないのでは、と予感。(本人がシラけたりして)むろん、生涯、大阪弁でもかまわないのですが、物語のつまらなさが表現で救われている感は免れない。


昔、石原慎太郎が選者であったときは、作者のみみっちい世界観を「身辺10mのことしか書けない」といつもくさしていましたが、又吉さんも芸人や演劇世界に拘泥しないで、身辺100キロくらいの視野でテーマを選んでほしいと思います。(2017年 新潮社発行)