内舘牧子「必要のない人」 (大活字本)

 最近、内舘センセの消息を聞かなくなりましたが、もう引退されたのでせうか。本書は著者が初の短編集として著したもので1998年作だから、もう25年も昔の作品。表題の「必要のない人」は大企業勤めのサラリーマンが定年前にリストラの憂き目に遭い、女房にも嫌われて自尊心ガタガタ、人生に絶望する話であります。この境遇に類する人、当時で100万人以上いたでせう。


・大企業に定年まで勤めた。(定年前に閑職に追いやられた)
・仕事に対する自尊心が強い。小さい自慢話を何十回も繰り返す。
・趣味がない。
・会社以外での友達がいない。
・家族に疎まれている。


この五つの条件が揃った人、要するに、定年後の余生を楽しく暮らそうという願望がまったく無い人・・なんていませんよ、と思いたいけれど、残念ながら今でも100万人はいるのであります。
 本書の主人公は大手新聞社の印刷部に勤めていた。あと数年で定年退職というときに配置転換となる。印刷機の性能向上で人余りが生じたからだ。主人公は全く場違いのカルチャーセンターの事務局に配属されたがとうてい馴染めず、鬱々した挙げ句に退職。妻は「なんか趣味をもって」「軽いアルバイトして」と懇願するが、その気ナシ。朝から晩までテレビの前に座ってる。そのうえ、酒を飲むようになり、だんだん量が増えてゆく・・。
 どこにでもあるような夫婦げんかの末、妻は「出て行きます」と宣言、ボーゼンとする主人公・・。何十年も印刷工として、また一家の主として家庭を支えてきたという自負や自尊心は一瞬に消えてみすぼらしいオッサンに成り下がった。


司馬遼太郎のエッセイ集「風塵抄」のなかでも同類の人物が出てくる。「カセット人間」というタイトルの文で「ほとんどの人は永く生きたようなつもりでいながら、実は語るに足るほどの体験は数件ほどもない。そんな小さな自慢話をことあるごとにくり返し、馬鹿にされる」こんなオジサンも優に百万人はいるでせう。(原本 2014年 角川文庫発行)