小川洋子/河合隼雄 「生きるとは、自分の物語をつくること」

 大ヒット作品「博士の愛した数式」が縁になって二人は10年くらいの間に数回、対談する機会があり、それをまとめたのが本書。臨床心理学者、河合センセは若い頃、高校の数学教師だった・・とは知りませんでした。
 対して、小川センセは数学はシロウト。だから、あんなに楽しい物語が生まれた。これは誰しもが認めるところだと思います。


河合センセはなぜ数学教師を辞めたのだろう? 本人が言うには「僕には美的センスがないことが分かったから」であります。上等な数学を修めるには論理思考力でなく、センスが大事なのであります。そういえば、藤原正彦や岡 潔のエッセイを読むと、日常の暮らしにおいても「美意識の涵養」が大事だとくり返し述べていることを思い出しました。ほんま、その通りや、と言いたいのですが、自分は万年美意識の持ち合わせがなくて、よう言いません。


伝説化しつつある阪神の大投手、江夏豊の背番号28が完全数であることを阪神ファンの半分くらいが知っていたら、「よっ、トラキチも意外にインテリじゃん」とか、世間のイメージはぐんとアップするのですが。ついでに、金本の背番号6も完全数です。


閑話休題。二人は対談を重ねているうちに、河合センセが精神科の臨床医としていろんな患者に対応しながら「他人の人生を垣間見る」経験を積み、自分のできるベストな治療とはなにかを考えたと。何十年も問い続けて得た結論は・・センセの指導よろしき、ではなく、患者のがんばりの結果でもなく「なんやわからんけど、調子ようなりましたは。ほな、さいなら」でジ・エンドになる。そんな場面で終わることだという。治療には理屈があるが、結果は、ようわからんけど良くなった。これでいいのだ、と。これって赤塚不二夫のセリフじゃありませんか。


大きな苦悩を抱えた患者の対応の難しさ、いかばかりか。センセの発する言葉の「て・に・を・は」の一字の使い方のミスで、患者が自殺してしまうこともある。さりとて、相手に合わせて深刻面すれば良いというものでもない。このしんどさは医師の「定め」として死ぬまで持ち続けることになる。


他人の人生への向き合い方。河合センセはリアル、小川センセはフィクション。ならば、小川センセのほうが100倍楽ちんでありますが、それでは作家たり得ない。悩みある人全部が精神科に通うわけじゃない。優れた小説やエッセイが折れた心を癒やし、勇気づけることもある。フィクションである物語を読んで読者は自分ならこうする、こんな生き方もあるのかと別の物語をこしらえる。ずっと小説で終わればそれでオシマイになるが、新しい生き方のヒントになれば、作家は読者の味方、救済役になれる。主体的に生きるということは、世間を広く見わたして自ら物語を生み、絶えず更新していくことと言える。毎日、まいにち、ボーゼンと暮らしてる人が自分主役の物語を創るなんて・・あり得ない。(2008年 新潮社発行)

**********************************

参考・・・完全数とは
■ 数学上の定義
その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数
例えば 6 (=1+2+3)、28 (=1+2+4+7+14) が完全数である。
自分を除く約数の和が自分自身の数となる美しい数はごく限られ、
非常に珍しく100まではわずか2個しかない。
しかも、完全数は1から始まる自然数の和に等しいというさらに美しい
性質があります。

■1から100までの個数
     2個{6,28}

■易しく言えば
何といっても、この貴重な性質をもち、魅惑的なこの完全数は数学者だけでなく、一般の人にも魅惑的な数といえるでしょう。数学、また、理数系の人以外にもこの完全数を広く、そして美しく紹介てくれたのが芥川賞作家小川洋子の「博士の愛した数式」です。小説そして映画化もされました。そこで、完全数のことが紹介され、そして完全数28が阪神タイガース往年の大投手江夏豊の背番号として登場します。ピタゴラス学派は、最初の完全数が 6 なのは「神が6日間で世界を創造した」こと(天地創造)、次の完全数が 28 なのは「月の公転周期が約28日である」ことと関連があると考えていたとされる。

引用元・・江夏豊の世界
http://torafan.blog.shinobi.jp