長浜浩明「日本人ルーツの謎を解く」を読む

 何十年か前、韓国の南部で前方後円型の古墳が見つかった、というニュースを耳にした覚えがある。日本の前方後円型古墳の手本になった先輩古墳だと思った。自分だけでなく、日本人みんながそう思ったはずだ。日本の文明文化の多くは大陸から朝鮮半島を経て日本にもたらされたというのが鉄板に近い常識だった。

 しかし、その後、研究が進んで先輩古墳の話は大逆転する。韓国の前方後円型古墳のデザインは日本がオリジナルで、それを韓国に伝えたというのだ。日本が先輩だった。ガガ~ン。
 研究の結果、韓国の同型古墳はすべて日本の古墳より築造が新しいと分かった。五世紀から六世紀にかけての話である。古代においても日本より先進国だと自負していた韓国人にとってはえらいショックだった。


 本書で語られるのは、古墳よりもっと大昔の話、縄文時代がテーマである。この時代のはじめのほう、1万5000年前というと、日本列島はまだアジア大陸と陸続きで日本海がなかった。従って、文明文化が海を超えて渡来した、という常識の当てはまらない時代である。
 現在の常識とされる人類の発祥地がアフリカだとすれば、何百年、何千年かかってアフリカから東アジアまで旅した人間がいてもおかしくない。そんな人物の一部が今の日本の土地に住み着いて日本人の始祖となった。縄文人であります。なんか、気宇壮大な話ではありませんか。


 著者は当然考古学者だと思っていたら違いました。東京工大出て日建設計に勤務、設備設計の仕事に携わったサラリーマンです。しかし、本書を読めば、趣味でここまで書けるのかと思うくらいの博識家であります。プロの研究者と議論で渡り合えるくらいの自信をもってるに違いない。


 本書で著者は何を言いたいのか。はじめに書いた「日本の文明、文化のモトはすべて大陸からもたらされた」説の否定である。国家の形成期には中国から文明文化をせっせと輸入したが、その数百年間を除いた時期、とくに縄文時代においては日本独自の文明文化が育ち、輸入どころか、むしろ海外へ積極的に出かけて自分たちの文化を売り込んだ。そのセールス品のなかに前方後円型古墳があり「あのね、日本では親分が死ぬと墓はこんなデザインにしますねん」とか言ってメイドインジャパンの墓を売り込んだ。むろん、売るだけでなく、現地のよい物は仕入れて帰った。


 しかし、教科書や報道で擦り込まれてしまった知識は簡単にチェンジできない。今でも日本人のほとんどは「文明文化は大陸、朝鮮からもたらされた」説を信じている。そんなインチキ情報で影響の大きいものに「NHKスペシャル」というドキュメント番組があり、何度も文明文化渡来説を報道して視聴者を洗脳している。ドキュメント番組だからウソはないと思い込んでる人が多すぎる。
 著者が「無知の象徴」としてボロクソに批判しているのが司馬遼太郎であります。司馬氏の晩年のころには古墳の情報など知れ渡っていたはずなのに司馬氏はひたすら中国、朝鮮を崇める姿勢を崩さなかった。きつい思い込みは事実を拒否するものらしい。


 なんでもかんでも渡来説が正しいのなら、以前、ここで紹介した本、「土偶界へようこそ」に出て来る土偶も、その原形が大陸や朝鮮で見つかるはずである。しかし、そんなもの一つもない。縄文土器は日本のオリジナルである。稲づくり(水田耕作)も渡来文化というのがなんとなく常識になっているけれど、渡来説の時期よりはるか昔の水田跡が九州で見つかっている。歴史教科書も信じてはいけない。


 いつぞや、まったく偶然に見たBS番組で古代史のなかの縄文人をテーマにしたものがあり、我ら縄文人は大陸の陸づたいに小舟で北上し、ベーリング海経由でアメリカ西部の海岸にたどりつき、そこで定着した。すなわち、彼らが最初のアメリカ人であるという。縄文人が元祖アメリカ人になったという。なんだかおとぎ話のような内容でした。ま、好きにしとくなはれ。(平成22年 展転社発行)