中島京子「長いお別れ」を読む

 後期高齢者夫婦と三人の娘が主役の介護ドラマ。ソレ、只今、自分が当事者デアリマス、という方たくさんおられると思います。ほろ苦い、悲しい思い出があるかたもいっぱいいるはず。介護のリアルな描写から、もしや著者、中島京子センセも介護の当事者か経験者ではないかと想像しました。医療措置のあれこれを描くには専門知識がいるので他人事状況では詳しく書けないはずです。


小説だから悲惨物語に仕立てるのも自由ですが、そういう筋書きにはしなかった。家族間の小さなもめごとはあるけど家庭破壊に至らず、穏やかな結末に仕立てた。むしろ、現実の介護ドキュメントのほうがずっと辛くて暗いと想像でき、リアリティーの乏しさに不満を抱く読者もいると思います。


小さなもめ事を繰り返して物語は淡々と進む。このままじゃ凡庸な小説で終わってしまいそうと案じていたところ、ラストの数ページでドキュメントふうが小説に変じてカッコよく終わります。


 孫のタカシは父の仕事の関係で米国暮らし。勉強をサボって不登校になり、とうとう校長室に呼び出された。校長はタカシの家庭事情を知りたくて穏やかに語りかける。問い詰めたりしない。そのソフトな対応にタカシは安心して家のことを話はじめる。


母から聞いたおじいちゃんが息をひきとるシーンを聴いた校長は爺さんが10年も認知症を患っていたことを知って「10年か。長いお別れ(ロンググッドバイ)だね」と言った。なに?と聞き返したタカシに「認知症を<長いお別れ>と言うんだよ。少しずつ記憶をなくして、ゆっくり、ゆっくり遠ざかって行くから」


「ありがとう。そんなプライベートな話を聞かせてもらえるなんて光栄だよ。ほんとに光栄だ。校長になって良かったと思う」校長はタカシに向かって両手を差し出した。タカシはその大きな手を握った。
 タイトルの「長いお別れ」とは認知症の別名でありました。こんな呼び方も悪くはないけど、リアルな介護の現場ではキレイゴト、なぐさめの言葉でしかないような気がする。(2018年 文芸春秋発行)