半藤一利「幕末史」を読む

 著者が東京の某所の生涯学習講座みたいな講座でしゃべったことをまとめた本。話し言葉で書かれているので親しみやすいが、内容がラフというものではない。膨大な資料を渉猟して得たマジメな情報を500頁とヴォリュームたっぷりの本にまとめました。


歴史マニアは別として、フツーの人で幕末から維新、日露戦争までの近代史の一端をきちんと語れる人は極めて少ないのではと思ってます。dameo なんか、この手の本を相当読んだはずなのに、未だにチンプンカンプンです。


なぜ、このわずか数十年の歴史がわかりにくい(覚えにくい)のか、自分なりに考えてみた。要は、この時代、圧倒的なヒーローがいなかったからではないか。織田信長とかナポレオンみたいな傑出した人物がいたら、まず、本人の業績や人脈が明らかになるし、誰がライバルなのかも分かりやすい。木でいえば、太い幹と枝がはっきりしている。ところが、幕末~維新に現れる人物は、時代の、国家のヒーロー、リーダーという観点からはみんなB級なんですね。幹がなくて枝ばかりという感じ。あるいは、B級からA級にアップする前に殺されたりして志を遂げられない。


坂本龍馬吉田松陰、髙杉晋作、勝海舟徳川慶喜、家茂、井伊直弼松平春嶽島津斉彬、久光、孝明天皇三条実美岩倉具視木戸孝允大久保利通西郷隆盛岩倉具視・・・ほかにもいっぱいいて、しかし、ピカイチという人物がいない。みんなチョボチョボ、どんぐりの背比べ。
 これにチームとして薩摩藩長州藩、さらに会津藩などがややこしく絡み、彼らがそれぞれ尊皇だ攘夷だ佐幕だ、なんたらかんたらするものだから、読者はつい軽~く読み飛ばしてしまいます。で、何が何してなんとやら、頭のメモリーがワヤワヤになるのであります。


それはさておき、著者、半藤氏はこれらの人物群の中で誰を高く評価しているか。一番ほめられているのは勝海舟です。いよいよ徳川幕府崩壊が目前になったとき、最後の将軍、徳川慶喜は勝を呼び出し、サシで「ここで頼れるのはお前しかいない。最善の策を考えてくれ」と懇願した、といいます。このあたり、なんだか講釈師ふうの語りになるのですが、勝サンはハッシと受けてかくかくしかじかと進言する。ドラマチックなシーンです。


勝海舟の優れたところは、ものすごい勉強家であるとともに、混乱のさなかにもバランス感覚を失わず、クールな判断ができたことでせう。まわり皆がカッカしてるときに、何がベターかベストか考えることができた。さらに、階級社会が崩壊しつつあったときだから、身分の違いを越えて、とんでもない目上の人にも臆せずにモノが言えた。


著者は、当時は強力なまとめ役がいなかったために、戊辰戦争西南の役などで多くの命が失われた。馬鹿馬鹿しい、と批判します。その通りでありますが、B級人物群がてんでばらばら、自分勝手な「正義」を振り回して混乱させたのは良くないにしても、私利私欲だけでポジションを争うような輩はいなかった。(外国と通じて利権を漁るとか)そういう面は評価して良いと思います。


徳川時代の藩を解体して「廃藩置県」を実施したのはいいが、これが 機能を発揮するまで、日本には軍隊も警察もない、いわば国防の真空状態に陥った期間があります。現在でいえば、ある日から自衛隊も警察もない状態になった。想像するだにオソロシイ場面であります。もし、このとき外国の艦隊がわんさと押し寄せて「ホールドアップ!」なんてやられたら日本はオシマイです。国体を変えるときはこんなスリリングなシーンを経験しなければならない。日本が極東の島国であることは天恵であったと言えるでせう。


前記したような幕末に活躍した男たちはおおむね25才~45才、しかも血筋でいえば下層階級の者が多く、いわば革命家の役割を担い、それゆえ仇敵に殺されたり、自刃したりと、平穏な人生を送った者は稀でした。天皇でさえ、孝明天皇は暗殺の疑いが未だに晴れない。(2013年4月 新潮社発行)


著者が暗殺説を支持している孝明天皇明治天皇の父)