城山三郎「もう、君には頼まない」を読む

戦後経済界の立役者、財界総理と言われた石坂泰三の評伝・・と書けば、えらく堅苦しい内容の本に思えますが、ふわっと軽い、エッセーふうの書き出しなので、つい読み進み・・これが上手い。読者はまんまと城山の術にはめられてしまいます。


死ぬまで政治家が嫌い、官僚が嫌いで良く経済界のリーダーが勤まったものだと思いますが、そこが石坂のスケールの大きさ、ミニ揉め事から大喧嘩まで「敵は幾万ありとても」凌いでゆく。しかし、本人は大仕事をしているという気負いはあまりなく、学習と経験から、最良の選択をしているにすぎないというスタンス。


表題の「もう、君には頼まない」は、第一生命の社長をしているとき、本社ビルを建てるため、国有地の払い下げを大蔵省に頼んだ。しかし、何度訪問してものらりくらりの対応で埒があかないため、とうとう癇癪を起こして「もう、君には頼まない」と啖呵を切った。その相手が大蔵大臣だった。後年、同じような場面があった。銭ゲバ田中角栄総理を毛嫌いしていた石坂は、公のパーティ会場で、総理が自ら石坂のいるところへ挨拶に行ったが石坂は無視したため、面目丸つぶれの体になった。


しかし、これは一面であって、実像はかなり複雑な性格の持ち主であったらしい。え? と思わせるような面もあり、これが魅力でもあった。むろん、その下地には猛烈な勉強による深い教養と高い倫理観がある。一方、生活者としては、自分で靴下もはけない無能ぶりも発揮した。(これは著者のフィクション?)


一高~東大~逓信省~第一生命社長~東芝社長~経団連会長(6期12年)~大阪万博協会会長。これ以上ないエリートの道を歩んだ、しかし、人間味たっぷりの男の評伝。単にエライだけでは本になりませんて。(1995年 毎日新聞社発行)