荻原 浩「海の見える理髪店」を読む

 こんな優れた小品を読むと自分は長編より短編小説ファンなんだと改めて自覚します。第155回直木賞受賞作。短編が6編編集されており、一番すぐれていると思ったのは表題の「海の見える理髪店」です。田舎町のしょぼい理髪店を初めて訪れた客と老いた理髪師の会話劇だけど、大方は理髪師のモノローグで進む。その語りが上手いから、読者は自分が客になって理髪椅子に座ってるような気分になる。鏡には海が映っていて時間とともに海の色の変わりゆくさまが魅力的だ。


老理髪師は訊かれもしないのに自分の生い立ちや苦難の人生を語る。銀座に店を構えたこともある有名店だったのに、なんやかんやでトラブルまみれになり、破綻した。逃げるようにこの辺鄙な町へきて開業した。丁寧に髪を整え、髭剃りに移る。剃刀を喉に当てたとき「実は私、人を殺めたことがあるんです」と。ゾゾゾ~~であります。


短編の難しいところはネタ探しかも知れない。これ、という小ネタが見つかったら、あとは文章力でかっこつけられる。そのネタがもう漁りつくされつつあるのではないでせうか。歌謡曲の歌詞が在庫払底になってるように、物語のネタも新開発が難しい。本書でも「成人式」という作品では愛娘を事故で亡くした中年の夫婦が、生きていたら二十歳という娘の成人式に、二十歳に扮装して式に出かけるという筋書きだけど、無理に話をつくりすぎて、読む方がしらけてしまう。もしや、著者もしらけていたのでは?。作家稼業もたいへんであります。(2016年 集英社発行)

 

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