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~レガ爺 dameo の泡沫ライフ~

島田荘司「写楽・閉じた国の幻」を読む

 万年閑人、駄目男のために、Tさんからプレゼントされた本。美術ファンなら誰しもご存じの「謎の絵師・写楽」問題をミステリー作家が独自の発想で追求、斬新というか、トンデモ案というか、とても面白い小説に仕立てた作品です。小説とはいえ、写楽に関する過去の情報はすべて世間に認知されているものばかりなので、ええ加減な新提案では読者がしらける。さうか、さもありなん、と思わせるには膨大な情報の収集と吟味が必要であります。


過去の、写楽の正体は何某という説を一つずつ排除し、これぞ写楽だと著者が結論づけたのは、写楽=オランダ人だ、であります。どっきり!

今までに知られている写楽の正体ナニモノぞ説は・・・

写楽の正体は喜多川歌麿である
写楽の正体は葛飾北斎である
写楽の正体は山東京伝である
写楽の正体は藤十郎兵衛である

などが提唱されてきました。そこへ著者、島田荘司氏が唱えた新説が
写楽はオランダ人、レオポルド・ウイルレム・ラスである」論です。


島田説では、ラスは長崎、出島のオランダ商館のスタッフの一人で書記役。毎年、江戸城へ参府する商館館長に付き添って江戸へ出張します。その江戸滞在日程のなかで、浮世絵版元の蔦屋重三郎と知り合い、密かに歌舞伎を見物して役者を写生する。その斬新なセンスに驚いた蔦屋は「これは売り物になる」と直感して、当時は大売れっ子だった歌麿に原画を写させ、東洲斎写楽の名前で販売したら大当たり。


写楽は1794年の5月から翌年の1月までの10ヶ月間に145点の作品を制作し、しかし、突然に姿を消す。もともと正体不明な作者が消えてしまったわけです。写楽という生身の絵師が存在したら、いくら隠しても、世間のどこかに痕跡(情報)があるものですが、それが全くない。ゆえに、写楽という人物はいなかった、誰かの身代わりに違いないと憶測され、前記のような諸説が生まれた。


いろんな「写楽別人説」のなかで、一番有力なのは誰か。現在は斎藤十郎兵衛がトップ、選挙でいえば、開票率70%で「当確」ってな感じでせうか。斎藤は阿波藩お抱えの能役者、歌舞伎には無縁のはずですが、やはりお忍びで芝居小屋に通い、素晴らしいスケッチをした。これを蔦屋が大絶賛、東洲斎写楽のネームで売り出すと大ヒット・・。


この斎藤説を最初に唱えたのがドイツ人の美術史家、クルトと言う人でその後、この説を裏付ける研究が進み、現在はノミネート第一位です。
 2011年には、NHKスペシャル『浮世絵ミステリー 写楽〜天才絵師の正体を追う〜』が放映され、これも内容は斎藤説でキマリみたいなものだったらしい。NHKも斎藤十郎兵衛「当確」と判断したのでせう。


しかし、一件落着とはいきません。この斎藤「当確」説にカッカ怒ってる人がいて反論の本まで出した。田中英道著「写楽問題は終わっていない」(2011年 祥伝社新書)です。この人は、写楽北斎説を唱えています。本書にはNHK への抗議文のコピーも掲載されてるので引用すると・・(176~177ページ)


田中氏がNHKに出した抗議書
「2011年5月12日9時からのNHK BS-1「写楽」についての番組に決定的な誤りがありましたので、公共放送を使って、浮世絵の絵師の役割そのものの芸術性を否定するような常識外れの番組を流したことに抗議せざるを得ません。


 むろん、それはこの番組に生出演した方々への批判ともなります。それは、まず、写楽の線、色彩、緊張感といった芸術性が、この番組では彫り師、刷り師の技術によるものだ、という仮説の誤りです。そうすると、この番組はそれら彫り師、刷り師が誰だったのか、という番組にならなければならなかったはずです。これは奇妙な仮説です。


歌麿北斎ら当時の絵師たちは、皆そうだったのでしょうか。その肉筆画が残っていますが、すべて浮世絵の線、色彩と同一と考えていいものです。彫り師、刷り師はそれを忠実に再現したに過ぎないことが分かります。
 そうすると、この写楽だけが素人的な線、色しか描けなかったことになります。だから10ヶ月でやめたのだ、と言いたいのでせう。それなら、写楽の素晴らしさを作り上げた彫り師、刷り師の存在を探り、突き止めるという作業をするべきでせう。それを探すのは可能なことです。(以下略)


まとめると、斎藤十郎兵衛の描いた原画は上手ではなかったが、彫り師、刷り師の素晴らしいワザによって芸術性の高い作品になった。だったら、共同作業者である彫り師、刷り師も紹介するべきだ、ということです。


この「原画は技術的には下手だったが、職人の卓越したワザで芸術作品が出来た」という、写楽=斎藤説、実は島田説に共通するところがあります。島田説は、原画はオランダ人が描いた。技術的にはイマイチだったが、その斬新な表現力に版元の蔦屋重三郎がぞっこん惚れ込んだ。しかし、原画のままでは商品化しにくいから、表現を浮世絵らしく補正したい。その作業を当時の大売れっ子であった歌麿に頼んだ。歌麿は当然いやがったが、最後は折れて原画の写しをとり、プロの業で商品化した。従って、写楽作品は、原画はオランダ人のラス、リメークは歌麿ということになります。


小説家、島田氏の提唱した、写楽=オランダ人説はあまりに突飛すぎてお堅い学者、専門家の世界では「予選で失格」ふうに無視されてるらしい。さりとて、斎藤説が満場一致でキマリというのでもない。
 駄目男は上記のNHK番組を見てませんが、斎藤説には組しない。斎藤十郎兵衛が実在したという文献的実証が出来たから、イコール写楽とするのは危ないと思います。


むしろ、島田氏が何気に書いている、東洲斎写楽というネーミングは、もしや版元の蔦屋がつけたもので、オランダから見てはるか東の地=東州で写しをもとに出来た絵、と半ばしゃれっ気でつけられたのではないか。こんな説に説得力を感じます。


あと、役者絵の中には、有名でもない端役の役者も描かれていて、これは浮世絵ビジネスの常識から外れています。売れる見込みがないのに商品化するのはおかしい。だったら、そんなこと百も承知の歌麿北斎が描くはずがない。


しかし、写楽最大の謎は、著者が力説しているように、写楽という人物の個人情報が全くないことです。絵を描き、版元が選択して職人に彫らせ、刷らせて・・というプロセスで原画作者が一切人に会わないなんて考えにくい。電話もファクスもない時代に作者の存在を100%隠しての商品づくりなんてできるのか。これが大問題です。


読み終えてから、大阪市立中央図書館で立派な装幀の写楽作品集を見ました。制作期間10ヶ月のうち、写楽らしさがよく表れているのは初期の作品で、後になるほど他の作家の作品と区別がつきにくくなります。要するに新鮮さが失われてゆく。こんなプロセスも歌麿北斎ではあり得ない。彼らはすでにスタイルを確立した一流のプロでしたから。


文庫本だけど上下2巻で900頁、これでも著者は書き足りないとあとがきで述べています。読者を説得、納得させるために持っている情報を全部書きたいと。でも、駄目男の感想では100頁くらい端折ってもええじゃないか、であります。説明にくどいところがある。
 この写楽=オランダ人説、どなたか脚色して映画化してもらえたら分かりやすいし、そこそこ説得力をもつこともできると思います。いつぞや見た「舟を編む」の浮世絵版です。浮世絵の制作風景も知りたい。(2013年2月 新潮社発行)

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<追記>
本書のファーストシーンでは駄目男が通う大阪市立中央図書館が出て来る。(下の写真)主人公はこの地下の収蔵庫で作者不明の肉筆画を見つけ、コピーを持ち出す。この絵のコレクターは江戸時代の文化人、博物学者であった木村蒹葭堂(けんかどう)である。現図書館は彼の屋敷跡に建っている。

 

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写楽の初期の作品

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