柏 耕一「交通誘導員 ヨレヨレ日記」を読む

 もろもろの事情で定職を失ってしまったとき、とりあえず受け皿になってくれるのが交通誘導員という職業。公的資格とか、経験何年とか、面倒なこと問われないので就職しやすい。70歳すぎても気後れせずに仕事できる。その上、少し文才があればこんな本も出版できる・・と思って、著者のプロフィールを見ると、本職は編集プロダクションのオーナーにしてライターというから、著者は作文のプロなのであります。


じゃ、なんで交通誘導員やってるの?となりますが、ま、いろいろワケありでして・・決して、好奇心や研究心で誘導員やってるのではありません。なんにせよ、お金に窮していること、正直に書いてあります。


この仕事、東京周辺では日当9000円が相場だそうで、月に20日働けば18万円。飲食店のバイトなんかにくらべて少しいいように思えます。では、仕事はきついのか、それともまあ、楽ちんなほうか、といえば現場によりけりで大きな差がある。さりとて楽そうな現場を選ぶなんてできないから、ときに大苦労も覚悟しなければなりません。筆者の経験した一番ウンの悪い現場は、数人で仮設トイレを移動しているとき、バランス崩してトイレがコケてしまい、靴ごとウンコまみれになったとか。こんな経験、死ぬまで忘れないでせう。


誘導員の仕事で一番きついのは「片交」だそうです。工事のために二車線を一車線にして誘導員の仕切りによって交互に片側通行にする仕事です。普通は二人一組で無線機を使ったり、赤白の旗を振って車を誘導している場面、よく見かけます。さすがにこれは就職したてでは難しい。先輩の作業を観察し、要領がわかれば先輩の相手役として練習する。


車の少ない田舎道だったら少々ドジしてもいいけど、交通量の多い街中では緊張の連続で、もたついて混乱が生じると工事の作業員と車のドライバー、両方から怒鳴られる。で、焦ってよけい混乱がひどくなる・・。こんなきつい作業で苦労しても日当は同じです。


それと、意外に苦労するのが人間関係。上下関係の苦労はもちろんですが、同じ身分である誘導員どうしのつきあいもしんどいそうです。円満な人格の持ち主は少数で、相手への気配りなんかしないタイプが多いからちょっとしたことでモメてしまう。本書の筆者は苦労人だからそのへんの案配はできても、それが通じない人が多いらしい。組織社会に馴染めなくてはみだした、というタイプの人は数人の現場仲間のつきあいでもわがままを通す。


しかし、そういう内輪のもめ事はあるにせよ、私たちが町で見かける誘導員さんのほとんどは腰が低くて愛想良く誘導しているようにみえ、悪印象を持つ人なんかいないと思ってるのですが・・。


 著者によれば、こんなニコニコ低姿勢な態度は警備会社の「社是」みたいなもので、誘導員は住民やドライバーと絶対悶着を起こしてはならぬが基本のキ、もし、トラブルが起きたら即、クライアントから仕事を切られる。(住民に通報されることもある)よって、理不尽を我慢してでも悶着起こすな、となる。結論、交通誘導員も気楽な稼業ではありませんでした。


本書の著作の動機が生活費稼ぎのためという切実な問題があるにせよ、身近に見ながらも実情はよくわからない職業のことをセキララに書いてくれた著者に感謝します。ほかに、高圧送電線鉄塔工事とか、ビルの窓ふき仕事とか、駅の掃除とか、宝くじ売り場のおばさんの仕事とか、知りたい職業がたくさんあります。


奥付を見ると、2019年発行、約半年後に7刷しているので2~3万部は売れたかもしれず、この稼ぎで本職の文筆業にカムバックできたら幸いです。(2019年 三五館シンシャ発行)

 

f:id:kaidou1200:20210925215048j:plain