吉本ばなな「キッチン」を読む

 ヒロインみかげは子供の時分に両親を亡くし、代わりに育ててくれた祖父母も亡くなって天涯孤独の身になった。そんな彼女をボーイフレンドの雄一が「うちで暮らしたら」と誘う。訪ねてみると彼は美貌の母親と二人暮らしで、みかげを暖かく迎えてくれた。しかし、いつまでも好意に甘えるわけにはいかない。そんなある日、ドッキリの事実を知ることになる。雄一の美しい母は男だった・・・。


 四天王寺の古本市の「一冊100円コーナー」で買った本。1988年発行だからもう30年も昔の「古本」であります。しかし、内容,表現は少しも古くさくなく、デビュー作とは思えないこなれた文章で読み出したらとまらない。努力の成果ではなく、持って生まれた才気が感じられる文章です。


但し、たった60余ページで終わってしまう。雑誌に掲載した作品だから仕方ないが、これではいくら優れていても単行本にできない。なので、キッチン2を加えた。そんな出版事情は理解できるけど、「2」はなくもがな、であります。味が薄まってしまうのは仕方ないか。それでも近年の芥川賞作品なんかよりはずっと魅力的な作品です。


題名のせいではないと思うけど、読者は女性が断然多いらしい。かつ、発行後30年を経ても本書をバイブルのように読み返す、手放さない人がたくさんいるようで、これは著者にとってこの上ない幸せでせう。で、この作品の魅力、奈辺にありやと思えど、文章の上手さ以外、老いぼれジジイにはいまいち分からない。


身内をすべて亡くしてしまった女のコがそれでも明るく生きようとする、その切なさに共感する・・だけなら、ハーレクインレベルですが、その先にある抗いがたい孤独と死の暗示が、おねえさん、おばさんたちを「哲学」に導くのかもしれません。(1988年 福武書店発行)

 

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