林真理子「野心のすすめ」を読む

 平成31年4月1日、65歳の林真理子さんはまた一つ「野心」を実現した。もうこれ以上はないといえるステータスを獲得した。新元号に関する有識者懇談会のメンバーに選ばれたのであります。他のメンバーはといえば、前最高裁長官、経団連会長、NHK会長、京大教授、山中伸弥彌・・そうそうたるメンバーのなか、文壇を代表しての抜擢であります。さぞかし気持ちヨカッタでありませう。実際、林さん以外に適任者がいるかと考えても思い浮かばない。文学的実績よりキャラクターで選ばれたこと明白であります。

 

 野心を持て、B級に甘んじるなと説く。生涯、ユニクロ松屋のレベルに甘んじて生きるなんて夢がなさ過ぎる、と力説するのが本書で、まあ、普通にハウツーものと言えるのですが、本音をセキララに書いてるところが面白い。人生レースの確たる成功者になることでサイテーにして屈辱的な経験もかえって書きやすくなる。普通ならイヤミになるええかっこしいもなにげに許してしまう気になります。

 

 山梨のしょぼい本屋に生まれた。名も無く貧しく美しくもない娘であったが、都会と都会的な仕事へのあこがれは人一倍強く、無理して東京へ出、日大芸術学部卒業という、まあ人並みの学業をおさめたが、就職先の広告会社での仕事はスーパーのチラシのデザイン。風呂ナシ六畳一間のアパート暮らしに悶々とする日々。なんとかしなくちゃ、と糸井重里氏が主宰するコピーライター塾になけなしの12万円払って入門した。これが良かった。同じ広告の仕事でも、才能ある人は会話の内容から昼メシの食い方までハイセンスで生き生きしている。凡人、馬鹿に囲まれて暮らす愚を悟った。かくして著者はコピーライターとしてそこそこの実績をつくることができた。

 

 1982年、エッセイ集「ルンルンを買っておうちへ帰ろう」で大ブレーク。文庫版を合わせると100万部も売れた。これで「有名人になりたい願望」は成就。以後、直木賞ほか文学賞もとって収入も増え、六畳のアパート暮らしがウソに思える大出世した。下を見るな、現状に満足するな、上を目指せ・・。成功は本人の努力の賜でありますが、持って生まれたキャラ、例えば、どんなエライ人でも臆せず付き合えるとか、がプラスになっている。普通なら嫌われるブランド嗜好や浪費癖もなんとなく「林さんらしい」で済んでしまう。物書きでこういうタイプは珍しい。そのぶん、文学者のイメージが薄いのは仕方ないでせう。

 

 実を言うと、著者の文は、週刊文春の連載エッセイを何十回か読んだだけ。子供がいることも知らなかった。上流志向強力なのになぜか普通のサラリーマンと結婚して、それでうまくいってるのも「?」でありますが、もしや、ダンナさんのほうが人生の達人かもしれません。(2013年 講談社発行)