酒井順子「金閣寺の燃やし方」を読む

 ものすごく深刻で悲しい話なのに、なんですか「金閣寺の燃やし方」なんてふざけたタイトルは。センセ、酒井順子のイチビリを懲らしめとくなはれ。センセとは三島由紀夫水上勉のことであります。

 

 昨年暮れ、図書館へいくと「三島由紀夫没後五十年」で作品の特集展示をやっていて本書が展示されていた。こんな本があるとは知らなかったので、わ、ラッキーとニンマリして借り出した。何がうれしいのかといえば、自分は三島由紀夫の「金閣寺」と水上勉金閣炎上」の二冊を読んだことがあり、この本は両書の成立、解説をした作品だから。

 

 ふざけたタイトルはいかにも酒井さんらしいセンスで、他の作家なら絶対こんな題名にはしません。著者は三島由紀夫ファンだと言ってるので作品の評価は三島寄りになるのかと思いきゃ、本書では水上応援団になっている。dameo 自身の読後感、感銘度でも圧倒的に水上ヨイショ側なので、さらに酒井ファンになってしまった。

 

 金閣寺放火事件は昭和25年7月に起きた。犯人は寺の徒弟であった林養賢。放火の動機は、表向き厳しい戒律のもとに維持されている禅宗寺院が実際は高僧まで堕落した生活に明け暮れていることへの反感だったといわれる。さらに林は生来吃音であることや病弱な身体から人生の将来に絶望していた、とされた。当人は放火後、自殺するつもりだったが大文字山の山中で逮捕された。

 

 この大事件を二人の作家がそれぞれのイメージで描いた。三島は放火の動機を「美への嫉妬」などとして小説に、水上はドキュメントとして犯人の不遇な生い立ちに肩入れして執筆した。表向きの印象をいうと、文章は三島のほうがずっと上手でなめらか、対して、水上の文はのつこつして、つっかえるという感じ。車にたとえたら、三島はベンツ、水上はエンストを起こしそうなおんぼろ軽トラックという感じだ。

 

 しかし、読後の感銘度では水上「金閣炎上」が断然勝る。水上と犯人が同郷(若狭の寒村)だということが強い共感を呼ぶ。犯人の出生地である成生(なりう)という集落の細々した描写を読み、地形図を購入して犯人の育ったお寺の位置や自然環境を確かめたくらいである。酒井さんもこのあたりの現場調査に力を入れていて、水上と犯人が一度だけ峠道で偶然に出会ったシーンを自分が目撃したみたいに丁寧に描いている。

 

 犯人、林養賢は収監後、結核が悪化し、統合失調症も発症して衰弱し、27歳で亡くなった。唯一の肉親だった母親は事件直後、警察に呼び出されて事情聴取された。そのときの衝撃が大きく、帰宅するべく乗った山陰線の列車が保津峡を通過時にデッキから飛び降りて自殺した。


 金閣寺保津峡トロッコ列車・・観光客で賑わう有名観光地が薄幸の母子の悲劇の現場であったことを知る人はもうほとんどいないのではないか。70年昔の事件ですからね。(dameoは放火事件のことを新聞報道でかすかに覚えている)

 

三島由紀夫水上勉、い ずれもファンの多い作家だけど、両方とも好きという人は少ないような気がします。関心ある人は「金閣寺」と「金閣炎上」読み比べてみてはいかがでしょうか。同じテーマを扱いながら、作家の個性の違いがくっきりとあらわれている作品です。(参考・三島由紀夫金閣寺」1956年発行  水上 勉「金閣炎上」1979年発行)

 

追記: 昨日(5月3日)滅多に見ないEテレ「100分de名著」で三島由紀夫の「金閣寺」を取り上げていました。ゲストは三島に傾倒している平野啓一郎。三島の文体の魅力を上手に語っていて納得できた。あと三回あるので三島ファンにお勧めします。写真は番組のワンシーン。

 

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