二宮敦人「最後の秘境 東京芸大」を読む

 東京のど真ん中に秘境がある・・一般人にはうかがい知れない未知の世界、それが東京芸大である。ゲージツ家を目指す若者の奇人、変人ぶりをレポートしたオモロイ本であります。ま、読者のほぼ百パーセントの方々にはけったいで、うちら関係あらへん、な世界でありませう。著者のヨメさんが芸大で木彫を学んだ学生であったことから、ヘンな女やなあと観察しているうちに出身の芸大に興味が募り、この本を書いた。題名が面白いのでかなり売れたらしい。


 日本の大学入試で最難関は東大の理科三類だそうですが、競争倍率は4~5倍という厳しさだ。しかし、芸大は十数倍だから国立大学では最難関である。浪人はあたり前、二浪、三浪・・五浪もざらにいる。ゆえに、受験生、在学生は天才、秀才ばかり、と想像するが、これが怪しい。実は、才能を秘めてるかもしれない奇人、変人多々というのがリアルな姿なのであります。むろん、教授陣にも奇人変人が多々いて、まともな社会人感覚をもっているのは学長くらいか。(この人が変人だったら大学運営に差し障りますからね)


 芸大のキャンパスは美校(美術系統)と音校(音楽系統)に分かれ、けったいな学生が多いのは圧倒的に美校のほう。音校の学生はまじめで上昇志向が強い。ただ、ワザを極めるために変人的工夫や生活態度にはまってしまうことがある。

 そんな音校に「口笛が上手なので入学OK」になった学生がいる。「音楽環境創造科」のAさんで、趣味の口笛がプロのワザになって「国際口笛大会」で優勝した。入学試験の実技でモンティ作曲の「チャルダッシュを吹き、めでたく合格。しかし、本人はプロになる気は無く、あくまで趣味で楽しみたいというから楽器演奏のプロを目指す他の受験生からみたら無茶羨ましいでせう。たかが口笛と侮ってはいけません。


 美校の変人録のほうが楽しいけどネタが多すぎて書きにくいから省略。なんにせよ、すごい難関を突破して入学した人ばかりだから卒業したら若手アーティストとして各方面で活躍してるのか、といえば全然違う。経済用語でいえば、ごく一部の人を除いて全く非生産的な存在でしかない。卒業後はどしてるのか。平成27年度卒業生のデータでいうと、486名のうち、会社員や公務員などに就職した人はたったの48名、一割である。一般大卒の就職率が9割台なのに比べて断然低い。逆に、進路未定その他が225名いる。半分くらいはなんでメシ食ってるのか不明という。


 だったら、進路未定組は敗北者かといえば、そうではない。むしろ逆らしい。まじめに就職試験受けて勤め人になった人は「就職しか出来なかった」人として軽く見られる。アーティストとして野心や大志をもてず、生活するための会社員に甘んじてしまった、と見られる。なるほど、この見方も理解できます。芸大はサラリーマン養成所じゃないぞ、というわけです。会社員や先生になりたくて芸大を受験する人なんていない。大学側も、いくらアタマがよくてもそんな志のない若者は排除する姿勢である。奇人、変人、来たれ、でありませう。そういえば・・芸大出身で長者番付けに載った人、いませんね。ホント、東京芸大って探検に値する「秘境」だと思いました。(平成31年 新潮社発行)

 

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